「まだミラージュ戦いかないのー?」とか思ったあなた。
ごめんなさい、まだです。
なんせ「賛美曲」は今までの2倍はボリュームがあるからね!
第一層の話を3分割したのは一体何だったんだと思うくらいの文量だね!
(第一層の話は3~5部、「間奏歌」「鎮魂歌」「子守唄」の三つ)
因みに現在のファイルサイズは54.3KB。
これでまだミラージュ戦行ってないっていうね。
この節の内容はまあ、うん。
贔屓いくない。それは分かってるんだけど…。
自分のキャラだから描きやすいのもあるのかな。
あ、人様のキャラを勝手に殺したり厨二設定つけたり滅茶苦茶重苦しい雰囲気にしたりした人のいうことじゃありませんね^^;
ところで戦闘ばっかりなこのお話をさっさと終わらせたいんだけど。
小説版レインディア早く書きたい><
果てしなき打ち合いは、未だ続いていた。
少しの休みも取らずに金属音が鳴り響く。未だその戦いはこう着状態にあった。
「逃げてるだけじゃ勝てないよ、少しは攻撃してきたらどうだい?」
「うるさいっ、なあ…!」
戦いが始まって、どれくらい経ったのだろう。
クライネの息は大分荒くなっている。対するルードの息も、クライネほどではないが上がっている。
少なくとも、十分ほどはこう着状態が続いていた。
ルードの瞳に現れた一本の筋は、大分前に消えたままだ。恐らくはマナを温存しているのだろう。フランベルジュの振りが鈍いことからも、それが分かった。
対してクライネも、残り少ないマナを温存していた。
それ故のこう着状態であった。
だが、それにも限界はあるのだ。
(そろそろ体力がやばい…!)
終わりの見えないものなどない。
ここまで長期戦になれば、ルードに体力で負けているクライネに勝ち目は無い。
(やったことはないけど、やってみるか…!)
フランベルジュがクライネの胴体を傷付けようと舞ったが、クライネの剣はそれを捌いた。クライネはその隙に妖精を呼び出す。
「包み込んでっ!」
宝石の一つが青の光を放って、妖精が宝石から現れる。妖精が何かの動作をしたと思えば、周囲が深い霧に包まれる。
周りが見えなくなって、ルードはフランベルジュを闇雲に振り回すも、それは霧を空しく切っただけだった。
その時、背後から斬撃が繰り出される。背中を覆っていた鎧のお陰で致命傷は免れたが、それでも痛手を負った。だが、今のでクライネがどこにいるのかが分かった。ルードは後ろに向けて剣を横一文字に振る。
手ごたえは…あった!
どうやら、お互い痛み分けのようだ。霧が晴れて、姿を確認できるようになると、腹から血を出しているクライネと、背中から血を流しているルードの姿があった。
「ちぇ…間一髪でかわしやがったな」
「そっちこそ。《霧隠れ》か…いい判断をしたね」
お互い、相当息が上がっている。今の一撃が、お互いの体力を奪って言ったのだろう。最早互いに戦う力は残っていないように思えた。
「そろそろ一時休戦とは、やっぱだめか?」
剣を構えなおして、クライネが言った。
「…そうだね、駄目だ」
「なら、早いところ決着つけようぜ!」
クライネとルードの体が、一瞬だけ炎のような何かに包まれ、ルードの目には一本の縦筋が現れ、体全体の筋肉が活性化する。クライネも、体の筋肉を活性化させる。
そして、再び斬り合いは始まった。
両者共に息が上がっており、最早余力は残っていないはずだった。
だが、二人の戦士は休むことを知らず、激しい戦いを続けていた。
「うおおおおおおりゃあああ!」
「てやあああああああらああ!」
いつしか、クライネとルードは盾を捨て去り、お互いの攻撃だけに集中するようになっていた。
もはや防御などはいらない。
そこにあるのは、全身全霊をかけた剣戟だった。
クライネの放った魔力撃が、木々に深い傷を付ける。彼女は舌打ちし、飛び上がってその攻撃を避けたルードを睨みつける。
「魔力撃はマナを自分の武器に込める分、攻撃に集中する必要がある。その攻撃の後には必ず隙が出来るよ!」
ルードは上方からクライネを斬りつける。彼女はそれをギリギリで受け止め、落下してくるルードを横へと弾き飛ばす!
「覚悟の上だ、バカ!」
クライネは再び、魔力を込めた斬撃を繰り出す。刃に込められた魔力が白い光となって剣の軌道を残していく。
ルードはフランベルジュを地面に垂直に突き下ろすようにして構え、光を受け止める。
(まずい…っ!)
このまま力比べに持ち込まれたら、練技で強化されたルードの筋力に押し負ける。そうなれば、クライネは深手を負うだろう。そうなってしまうのは避けなければならない。
そう思って、クライネは剣を下げた。そして、後ろへ飛び退こうとするが…。
「悪くない判断だよ、クライネ。でも、それが俺の狙いなんだ!」
「何ぃ!」
ルードは、素早い動きで腰から短刀を抜き、投げた。狙いは正確で、その上クライネは空中にいる。
避ける術は無かった。剣で弾こうとしても、腕が動いた頃にはそれは腹のど真ん中を突き刺していた。
血が吹き出す。クライネの血は地面に吸い込まれていき、彼女自身も地を這った。
この期に及んでまだ隠し玉を持っていたとは、驚きだった。
今の一撃で、彼女が勝てる可能性は更に減った。
だが、まだ諦めてはいない。灯火は…消えてはいない。
「はぁ…はぁ…」
苦痛と疲労が同時に襲ってくる。それに伴う眠気すら、彼女に対して容赦はしてくれなかった。
痛みに喘ぎ、疲労に喘ぎ、それでも…まだ彼女は立ち上がった。腹に刺さった短刀を抜く。更なる痛みが全身を襲い、失血によるめまいをも引き起こすが、それでも彼女は立っていた。
そんな彼女を見てなのかどうかは分からないが、ルードは構えを解く。そして、口を開いた。
「…まだやる気かい?」
「あっ…たりまえ…だ…」
クライネの体を、黄色い光が包み込む。すると、腹の傷がかなりの早さで癒えていく。しかし、完全に直るまでには至っていない。それでも、戦闘を続けるのに支障は出ないほどの具合にはなった。
だが、いかな魔法でも、失った血液は戻りはしないし、疲労はそのままだ。傷が癒えたところで、体力が無ければ戦えはしない。
そのことを、クライネ自身よく分かっているはず。
だが、体力が危ういのはルードも同じだった。
「決めたんだ…」
力の無い呟き。だが、それはある意味で、力のこもった、意志のこもった呟きだった。
「決めたんだ、強くなるって…!」
「クライネ…」
既に満身創痍。だが、彼女の目が、そんなことを全く感じさせなかった。
「決めたんだ!」
そう叫んで、クライネは飛び上がった。先ほど練技で生やした翅が、彼女の跳躍力を何倍にもしていた。残っていた木々の枝に飛び移り、そこから更に飛び上がる。
ほんの数秒の間に、彼女は森のどんな高い木々よりも上空に昇っていた。そして、彼女は妖精を呼び出す。橙色の光と共に現れたのは、土の妖精。そして、その妖精がもたらす魔法の効果は…。
「砕け散れ!」
地面に落ちていた多数の石がルード目掛けて殺到する!
四方八方から飛来する、手の平に乗るほどの大きさの石を避ける手段はルードには無い。その攻撃を甘んじて受けるしかなかった。
「《石衝破》…ッ!」
だが、《石衝波》を避ける手段は…ある。
確かに四方八方から来るこの攻撃を避けるのは普通は無理だ。しかし、ある一定の方向において、石のつぶてが覆わない場所がある。ルードほどの技量をもってして初めて、それを見破ることが出来た。
「上なら!」
ルードはそのあとすぐに、飛び上がったことを後悔した。
上方を見れば、クライネがすぐそこまで落下してきていた。ルードに向けて剣を振るいながら。
「魔法はオトリか…ッ!」
「やああああああああああああ!」
ルードは辛うじて受け止めるが、落下による速度やルード自身が飛び上がるスピードによる威力の増加に加え、体の回転による威力の増加もあり、それは到底フランベルジュだけで受け止めきれるものではなかった。
剣と剣が打ち合い、身悶えしそうなくらいに気味の悪い音を発しながら刃と刃が擦れあっていく。
その瞬間。
いとも簡単にフランベルジュは大きな音を立てて折れ、それが受け止めきれなかった斬撃がルードを襲った!
クライネの剣が、天井に存在する球体――迷宮の中なので、太陽では決して無い――からの光を反射して、きらめいていた。温かみのあるその光とは対照的に、彼女の放った斬撃が持つ「色」は…。
閃光はルードを真っ二つに切り裂くかに思われたが、練技によって硬化した皮膚をなぞるだけに留まった。
だが、それだけでも決着と呼ぶには相応しいものだった。
地面に叩きつけられたルードは、すぐそこまで来ていた《石衝波》のつぶてに晒された。辛うじて受身は取ったが、もはや立つことすらままならないダメージを負ってしまった。練技で回復することは出来るが…。
それに、剣を失った戦士はもはや戦えない。
クライネは受身を取って地面を転がり、そのまま流れるように立ち上がり、ルードの方を向く。
「…負けたよ。良い勝負だったね」
「……」
一気に力が抜けたのか、クライネは前のめりに倒れこみ、ルードに支えられる。
どうやら、長い間張り詰めていた緊張感がほぐれ、気を失ったらしい。と言うよりは、眠ってしまったらしい。ルードはクライネを支えながら、彼女の顔を見た。
…エルフからしてみれば普通の顔立ちだったが、それでもルードには可愛らしく見えた。安らかな寝顔が、そこにあった。
その寝顔から、クライネが赤子だった頃、ルードが見たクライネの寝顔の面影を微かに見ることが出来た。赤の頃の顔と、今の顔。その二つの顔から、クライネの子供時代の顔は想像に難くないものとなっていた。
今は土や泥、血で汚れてはいるものの、普段の顔はそこまで悪くは無いだろう。ただ、本人の性格からしてそっちの方面には無頓着っぽそうだから、本来よりも見てくれが悪く取られてしまうのも確かだ。
本人がきちんと身だしなみを気にしていれば…、と思うとルードは少し残念な気持ちになった。
「おしゃれについての指南も必要だったみたいだね…」
静かにそう呟くが、それに答えるものは誰一人としていない。
妖精たちはクスクスと笑いを漏らし、ルードに語りかけようとしているが、生憎とルードは妖精の言葉を知らない。…身振り手振りで大体のことは分かるが。
「抱っこ、抱っこ」
「お姫様、お姫様」
「私を連れ去って、どこまでも!」
完璧に解読できたわけではないが、妖精たちは恐らくはこう言っている。
「…何を期待してるんだい?」
ルードは力の無い笑みをこぼした。
クライネの持っていた剣を鞘に納めると、ルードは彼女を抱き上げ、森の中へと消えていった。
「う…」
小さなうめき声と共に、クライネ・フェーンハフトは目を覚ました。
彼女の視界には、彼女の母、メイル・フェーンハフトの心配そうな顔と安堵の顔が見えた。
起き上がって辺りを見ると、ルードが巨木に背を預けて座っていた。クライネがおきたのを確認すると、彼は立ち上がって彼女の元へと歩き出した。
「クライネ、大丈夫、立てる?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
とは言うものの、まだ疲労は完全に回復していない。メイルに肩を借りながらも立ち上がり、クライネは言った。
「…俺、負けたのか?」
メイルとルードは、一瞬だけきょとんとするが、すぐに笑いを吹き出した。その様子は自分を馬鹿にしているように、クライネには思えた。
「いいえ。あなたの勝ちよ」
「よくがんばったね、クライネ」
今度はクライネがきょとんとする。
「…は?」
「だから、あなたの勝ち」
「え、ちょっと待ってよ。何でそうなるんだ!」
クライネは納得していないようだった。
ラックとの戦いのときも、そして今回も、クライネは戦いの直後には気絶していた。そんな状態で勝ったとは、やはり実感が無いのだろう。
だが、ある理由を以って勝ちとする考えが、メイルとルードにはあった。
「剣の腕も、リーダーと戦った時よりそこそこ上達してるみたいだし、戦士としての腕前も戦術も、一先ずは及第点ってところかな」
「妖精魔法のほうもあなたらしい使い方をしているみたいだし、元々あなたには妖精魔法の力は備わっていたわ。だから魔法のほうも合格」
「総合的に見て、俺たちはクライネ…君がこの先、ミラージュを手にすることが出来るかを確かめることが出来た」
「結果は、『可』よ」
そう言って、二人はクライネに微笑みかける。ただ、その笑顔は驚くほどに対照的だった。
片や、優しく、包み込むような感覚を与える、大らかで暖かい笑顔。片や、自らを勇気付け、背中を押してくれる、追い風のような笑顔。
二つの笑顔に励まされて、クライネは力が湧いてくる。その笑顔が、安らぎと強さを与えてくれた。
ラックのときにすぐに出てこなかった言葉が、今度は素直に、どこにも引っかかることなく出てきた。
自然に、言葉が紡ぎ出せた。
「母さん、父さん…ありがとう」
「ふふ、礼に及ぶほどのことはしてないわよ」
「礼なら寧ろ、ミラージュに言ってくれ。ミラージュが俺たちを引き合わせたんだから」
「…ああ、うん。まあ…そうだけどさ」
ミラージュが無ければ、今こうして話すことも、会うことすらなかったであろう。そう考えれば、確かにミラージュにも礼を言うべきであると、クライネは思う。
だが、ミラージュがラックや彼の仲間たちを殺したのもまた事実。
そしてそれは、クライネの心に影を落とすきっかけとなっていたのだ。
…彼女を追い込んだのは間違いなくミラージュ。しかしながら、彼女が立ち直るきっかけを与えたのも、紛れも無い、ミラージュ自身だった。
「複雑な気持ちなのはわかるけど、君は今を生きているんだ。俺たちみたいな亡霊じゃないんだよ」
「辛いのも悲しいのも、生きているあなたなら必ず超えていけるわ」
しかし、既に乗り越えられない程の深みへ堕とされたものもいることを、メイルは知っていた。
それに比べれば、クライネの心はまだ生きていた。降りかかる災厄を全て、払い除ける強さがあった。
レフォーナには、既にそんな強さは無かった。
三百年前に心を奪われたまま、不死者の城に置き去りにされたままだった。
…だからこそ、せめて現世から開放させてやらねばと、メイルは思ったのだ。
「そうだメイル、俺達はクライネに渡すものがあるじゃないか」
「渡すもの…?」
クライネは首をかしげた。
「そういえばそうね」
メイルは頭から冠を外し、クライネに差し出す。クライネがそれを受け取るのを確認した後、続けて言う。
「これは『カトレアの花冠』。妖精魔法をより強化するものよ。…頑張りなさい。あなたはまだまだ強くなれるから」
そう言って、メイルはクライネの肩をポン、と叩いた。
「…うん。頑張るよ」
「それと、これを持って行くといい」
そう言ってルードが手渡したのは、スカート上に伸びた、なめした薄い皮が付いた黒いベルト。どうやら、迷宮の財宝の中にあったものらしい。
「少しは身を守る足しになるよ」
「あ、ありがとう」
「そ・れ・と!」
そう言ってルードとメイルはそれぞれ、布を取り出す。赤、青、緑、黄…様々な色の布があった。
「さあ、どの色が良い?」
「はあ?」
思わず口が開きっぱなしになってしまう。一方メイルとルードはとてもきらきらした目をしている。しかも声のタイミングは全く同じ。
「どの色が良い?」
「ど、どういうことですか?」
「どの色が良い?」
「…お、オレンジがいいかなあ…と」
そう答えたのを聞くや否や、彼らは二人の世界に入ってしまった。
…クライネはただ呆気に取られるばかりだった。
「なるほど。じゃあ基本色はオレンジで、所々ピンクとか入れていこうか」
「そうね、今までのイメージがひっくり返るくらいにはインパクトが必要ね」
などと言っているが、それが何の話かクライネには分からなかった。…まあ、無理は無い。クライネはそういうことに無頓着すぎた。
だからなのか、未だクライネは同年代の女の子と話が合ったことは一度も無い。どちらかと言えば、少年や青年男性との話の方が盛り上がるくらいだ。それも、異性としてではない、同性として。
「だったら、肩を出そう。今の服装だと露出が少なすぎるよ」
「でも、色気は露出で決まるわけじゃないのよ?」
「いや最高じゃないか、白い肩、そこからチラリと見える脇…!」
「あなたのフェティシズムなんかどうでもいいのよ。…でもいいわねそれ、採用するわ」
この会話が自らの服について語っていることに、クライネはそこで気付いた。
服。
思えば、いつも着るのはグレーから黒といった、暗めの色のものばかりだった。冒険者である以上、あまり血が目立つような服装はしたくなかったのだ。
だから、今まで服装に気をつけることといったらそれくらいのものだった。冒険の途中で台無しにすることの方が多い気がするし、あまり派手な服装で外を出歩きたくないという、目立つことに対する恐れのようなものすらあった。
「それから、クライネはチックチックなんかで翅を生やすこともあるから、背中も開けてたほうがいいよ。服の隙間からっていうのも悪くはないんだけど…」
「誰もあなたの趣味なんか聞いてないわよ」
「いやでも、背中の露出は色気を語る上で最重要項目だと俺は思うんだ」
「…あなた、自分の娘に何を求めてるの」
「ふふふ、それはね…萌えだよ」
「…バカじゃないの?」
「男はね、馬鹿にならないと生きていけない種族なんだよ」
バカだ。そう内心思いつつも、クライネは二人の話を聞いていた。
「はいはい。とりあえず、今みたいな色のない服装とは違ってもっと華やかに、色っぽく、そして艶っぽくしないと。あんなんじゃいつまで経っても彼氏なんかできないわよ」
「か、彼氏!」
ガーン、という効果音が似合いそうなリアクションだ。オーバーだなと思いつつも、クライネは黙っていた。
「って、何驚いてるのルード。人間社会じゃあ二十歳前後で結婚する場合が多いらしいわよ」
「は、二十歳前後!」
「まあ、エルフと違って人間は百年程度しか生きないし。でもルード、私たちだって結婚したのは四、五十くらいよ?」
「そうだねえ、あの頃は若かったなあ…」
「それ、どういう意味よ」
「いやあ、精力的だったなあ、って思ってさ」
「だからそれどういう意味よ」
「その癖子供ができたのは二十二年前だしなあ」
「だから…ああ、もう」
「冗談だよ、冗談」
耐え切れずに、二人は笑い始める。
そうした彼らの様子にはついていけずに、クライネはただ呆然とするのみだった。
「…なんなんだ、この流れ?」
「あークライネ、ちょっと待ってて」
「いやちょっと待っててって…あんたらいつ帰るのさ」
それから半日は、彼らはそういったやり取りを延々と続けていた。
ディスティルと、シュルヴェステルと、オウル、そしてトーマス。
その空間には、彼らと彼らをかたどった形に寄り集まった霧がいた。
「相変わらず悪趣味なことだな」
ディスティルは悪態を吐いた。目の前にいるのが、本当に自分なのか。
ディスティルの形をした何かは、既に「異貌」の状態になっていた。わき腹には“戦神”ダルクレムの聖印のような痣が赤く発光して浮き出ており、背中に刻まれた《穢れの刻印》は瘴気を放っている。
その姿は、「狂戦士」のディスティルと全く同じであった。
見れば他の三人も、細部の特徴までが完璧に再現されている。まるで鏡に映された像のような…。
ただ、そのどれもに同じ、異なった部分があることもディスティルたちは分かっていた。
色が違うのだ。
髪の色も、肌の色も服の色も、全てが丁度色諧調反転したかのような色合いになっている。白は黒に、黒は白に、赤は青に、青は赤に…といった具合に。
「何とでも言うが良い。我輩は鏡。持つものの心を反映させ、その強さに応じて姿を変える魔剣。故に私を持つものの心を試す。自分を乗り越えられる強さが無ければ、そなたらが我輩を手にすることは無い」
「なら、やってやるよ!」
『めんどくさい』
「あれー、何であたしがもう一人いるのー?」
緊張した雰囲気が形成される中、オウルのその一言が空気をあっという間に変えた。一瞬にして、緊張の糸が切れた…というよりは爆砕したと言えるだろう。
「って、話分かってんのか?」
『お嬢様、それは偽者です』
…シュルヴェステルがホワイトボードを向けた先は、霧の方のオウルだった。
「あたしはここだよ!」
「誰かのボケが伝染したか?」
『何を言う、偽者め』
「だから何ボケてんだっ」
「あれ、すーちゃんが二人。ディー君もトーマスも二人。どうなってるの?」
「げへへ、あいつが偽者ですぜ、オウルさん」
「ってトーマス、何俺を指差してんだ。あいつが偽者だ!」
『偽者の言うことに惑わされないでください』
『偽者が言うな』
「言ってねえだろどっちも!」
「おまいら偽者ぷぎゃー(笑)」
「くっ…こいつら両方むかつく…!」
「あれ、どっちがどっち。偽者、本物?」
『私が本物です』
『いいえ、私こそ本物です』
「私が町長です」
「私も町長です」
「って、黙れよそこのボケ担当…」
「はは、本物に向かってなんてざまだ。オウル、俺が分かるだろう、俺が本物だよ。正真正銘、本物のディー君だよ」
「俺はそんな喋り方じゃない!」
「何を言うか偽者め。俺がディスティル・ロッドだ!」
「俺が本物!」
「俺が本物だぜ、なあオウル?」
「え、えっと…」
「こっちが本物!」
「って偽者が言うな!」
「つれないなあ。俺が本物なんだからこっちのオウルが本物だろう?」
「どっちが本物でもどうでもいい(暗黒微笑)」
「お前は黙ってろ!」
『さて、この状況を一言で表すとどうなる?』
『カオス』
『さすが私。私ってすばらしい。私最高』
…と、誰が誰の発言だか分からない状況。これをカオスと言わずしてどう言おう。
クライネが両親と話している間、こんな場面が繰り広げられていたのだった。
「…こいつら、戦うのではなかったのか…?」
ミラージュは、ため息をついた(口は無いが)。
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