蜃気楼の迷宮、第四階層「妖精の層」。その最深部に、クライネの父母、ティノルード・ムロリースとメイル・フェーンハフトはいた。彼らは近くの壁…いや、巨木に体を預けていた。
「『戦士の層』を制覇したみたいだね」
ルードが言った。ミラージュからその知らせを聞かされたとき、ルードは嬉しさと空しさを感じた。
「そうね」
メイルが言った。その言葉には、覇気がなかった。その理由をルードは理解していたが、あえて言葉に出した。
「…まあ、大目に見てやろうよ。初恋って言うのはああいうもんだよ」
「どこが。九年も引きずる初恋ってどんなものよ、私は聞いたことないわ。それにあの揉み上げ、結局あの子を変な子にしただけじゃない」
メイルの口から、長年溜まりに溜まったラックへの不満が流れ出てくる。それは滝のようであり、嵐のようであった。その言葉の滝あるいは嵐が渦を巻くその様は、まさに「メイルシュトローム」である。(メイルシュトロームはレベル十三の妖精魔法)
「あはは、否定できないのがなんか悲しいな…」
「あの子もあの子よ。あんな揉み上げのどこがいいのよ」
「それ君にも言えるよ…」
「はあ…。あの揉み上げはどんな育て方したのかしら」
「メイル、なんか俺まで否定されてるようで悲しいよ…」
別の方向で、彼はまた空しさを感じた。
過去とは、現在、そして未来の礎となるものである。
過去があり、現在がある。現在があって、未来が生まれる。
それ故、万物には過去がある。過去のないものなど存在しない。
あるとすればただひとつ。過去をさかのぼり、その果てにたどり着いたとき、我々が見ると思われるものだけだ。
人間にも過去はある。生を受けた瞬間からそれは「発生」し、過去を積み重ねて人格が形成され、そこに意思が生まれる。魂でさえも、例外ではない。
クライネ・フェーンハフトに過去があるように、その一行の誰にでも過去はある。ディスティル・ロッドにも、オウル・トイペットにも、シュルヴェステル・ヴェンテラにも、レフォーナ・アルディにも、トーマス・ベントにさえ過去はある。
そして、ミラージュが第二階層の試練に選んだのは、そのうち二人、オウル・トイペットとシュルヴェステル・ヴェンテラの過去…。
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