オウルの過去と操霊魔法が主なテーマに掲げられてるから、アンデッドが出てくるのはしかたないことで。
俺アンデッドそこまで好きじゃないのになあ。
オウル・トイペットは夢を見た。
それは、彼女にとっては思い出したくもない、忌むべきものだった。
同時に、今の大事な「仲間」と出会った、忘れたくない思い出だった。
開放された大地、テラスティア大陸。その大陸の南方、とある山の、とあるドワーフの集落。
そこに、オウル・トイペットは生まれ、育った。
彼女の近所にはそれなりに有名な人間の芸術家がいて、当時…今より三、四歳ほど幼かった彼女は彼に懐いていた。それ故に毎日その芸術家の家に入り浸っていたのだ。その様子はまるで、親子のようにも思えた。
その集落は、町というほどの規模はなかったが、村に収まる規模でもなかった。ただの集落よりかは人の出入りが激しく、かといって町と呼べるほどではなかった。
芸術家がその集落にいたのはそういったことが関係していたのだろう。
オウルは、その日々が楽しくて仕方がなかった。来る日も来る日も、その芸術家の家に行っていた。
まるで、本当の親のように、兄のように、そう周りのドワーフたちには思えた。
しかし、その日々は容易く思い出に変わっていくものだった。
そして、思い出は忘れがたい陰鬱な記憶になっていく。色あせていく。
それでも、オウル・トイペットはこの「思い出」を忘れたくはなかった。
オウルは、目を開けた瞬間に、自分を見つめる二つの顔を見た。
クライネ・フェーンハフトとシュルヴェステル・ヴェンテラ、二人の心配そうに自分を見つめる四つの目を。
「どうしたの、オウル。大分うなされてたみたいだけど?」
『大丈夫ですか?』
それは、いつものオウルからすれば考えられないことだった。いつも明るく、少しばかり(というか大分)馬鹿で、そんな人がオウルだった。
「え、何のこと?」
二人が何を思って自分を心配しているのか分かっているのかいないのか、オウルはけろっとしてそう答えた。そして、その後にこう続けた。
「あたしは全然大丈夫っ。ありがとね、すーちゃん、クラ…何だっけ?」
その言葉に、クライネは脱力し、ずっこける。
『ドジった』
「いや違うでしょ、今のは違うでしょ!」
「相変わらずだね、クラ…クラ…」
何だっけ、とオウルはシュルヴェステルに問いかける。シュルヴェステルはわざとらしく何かを思い出そうとしている素振りを見せた。
「何で人の名前を忘れるんだよ。クライネ、私はク・ラ・イ・ネ!」
「クライネ?」
「そう、クライネ」
クライネはため息をついた。休息は取ったはずだが、ラックと戦った直後と同等かそれ以上の疲れが、どっと押し寄せてきた。
「何か、クライネって暗いね」
「…もうツッコむ気力がないよ…」
そうこうしているうちに、他のメンバーも起きはじめた。ディスティル、トーマス、レフォーナは出発の準備を済ませている。クライネたちもまた、準備を始める。
その間、オウル・トイペットは妙な胸騒ぎを感じていた。それが何の理由で起こっているのか、それはわからない。
だが、いつもの彼女とは、明らかに何かが違う。
シュルヴェステルはオウルのそんな様子を感じ取っていた。…多分、本人は「嫌な夢を見た」程度にしか思ってはいないだろうが。
…この先に待ち受ける何かが、彼女らをそうさせていた。
蜃気楼の迷宮・第二階層「操霊の層」。
そこに、彼らは入り込んだ。
「気味の悪いところだな」
と、ディスティルが言う。その部屋には、重々しい空気が漂っている。しかも、濃い霧に包まれていて、周囲が把握しにくい状態である。
「あそこに何かあるよ」
クライネが部屋の向かいにある石碑を指差して言った。
一行はその石碑に近寄り、クライネとシュルヴェステルが石碑の周りを確認する。
『罠とかはないようだ』
「誰かこの文字読める?」
レフォーナも、その碑文は読めなかったようだ。しかし、オウルは読めた。それはドワーフ語だった。
「…『炎の帝王より生まれし汝、その試練により汝の過去を超えよ』って書いてあるよ。どういうことかな?」
読めたはいいが、オウルには全く意味が分からなかったようだ。知力六じゃ無理もない。え、ネタにしすぎだって?
その碑文の内容に、彼らは思考をめぐらせる。
「炎の帝王…何のことだろう」
「きっと、『炎の帝王』は”炎武帝”グレンダールのことじゃないかしら?」
と、レフォーナが言った。
「グレンダール…確か、炎を象徴する、破壊と再生の神だったな」
ディスティルが言った。その言葉に続けるように、レフォーナが喋りだす。
「ええ。そして、グレンダールはドワーフの祖とも言われているの。だとすると…」
「『炎の帝王より生まれし汝』はドワーフのことを指しているんじゃないか、ってことだね」
レフォーナの言葉を遮って、クライネが言った。オウルはその話についていけず、また理解も出来ていないようで頭を抱えている。どうでもいいけど、君頭抱えることが多すぎない?
『この中でドワーフはお嬢様だけ…ということは』
「…オウルの試練、ってことだね」
だが、シュルヴェステルはそれがオウルだけに向けられたわけではないと思った。何故かは説明できないが、とにかくそう思った。
その部屋は、左右に扉があった。クライネは碑文の左方向にある扉の向こうへ、シュルヴェステルはその向かいの扉へ進んでいった。
その間、オウル・トイペットは自分とシュルヴェステルに向けられた碑文、その試練の意味を考えていた。
炎の帝王より生まれし汝…これはまさしくドワーフのこと、つまり、オウルのことを指す。
「汝の過去」とは、恐らく、オウル自身の過去のことだろう。それを超えろと言うことは、過去がこの試練に関わってくるということ。
そこまでは何とか理解できたが、その後が分からない。「過去」に関わるとは…?
そうこうしているうちに、クライネとシュルヴェステルが帰ってくる。それぞれの報告によると、左の方向には矢が飛んでくる仕掛けがあるらしく、恐らく毒矢が飛んでくるだろう、とのことだった。
右の方向には特に何もないが、鉄格子で塞がれている箇所がある、とのこと。
「どうする?」
「左は毒矢、右は鉄格子、か…」
ディスティルは少し考え、そして言った。
「よし、右に行こう」
「私も右がいいと思う」
『他にも扉があった。きっとそこに鉄格子を上げる仕掛けがある』
彼らは、碑文より右の扉へ向かっていった。
通路を進んでいくと、正面に鉄格子が下りた通路があって、その左には扉があった。扉を開けると、十五メートル四方ほどの広さを持った部屋に続いていた。
「何も無いね」
オウルは部屋を一通り見て、言った。確かに、その部屋には何もないように思えるが…。
『とりあえず調べてみよう』
彼らは部屋を各自調べ始める。しかし、特に変わったところは無いように思える。
「すーちゃん、やっぱり何もないみたいだよ」
シュルヴェステルが手と顔の動きで返事を返す。そしてオウルの方を向き…。
「危ない、お嬢様!」
シュルヴェステルが放ったその一声に、全員が振り向く。そしてオウルは、後ろから迫ってくる攻撃に気付く。
後ろからの攻撃を、オウルは避けきれなかった。背中に剣閃を食らい、オウルは倒れかけるが、受身を取って攻撃が来た方向を向く。
その攻撃に気付いたのはシュルヴェステルだけじゃなかった。クライネとトーマスもまた気付いていた。
オウルを攻撃したのは、剣を持ったアンデッドだった。
「デスソードか?」
「いえ、違うわ。レブナントよ。しかもかなりの数がいるわね」
気付けば、彼らは囲まれていた。数を数えれば、レブナントは五体。しかも、そのどれもがかなりの手だれであると思われた。
「なるほど。こいつらを倒せばあの鉄格子も開くってわけか」
「それなら、やるしかないね!」
ディスティルたちはレブナントと戦い始める。
その最中。
オウルだけは瞳孔の開いた目で、虚空を見つめていた。
ディスティルも、レフォーナも、シュルヴェステルでさえそのことに気付いていなかった。
…過去が、牙を研ぐ。
[0回]
PR