今回はクライネ、レフォーナ対ルード、メイルの戦い。
地形を利用した戦いもたまには描かないと。
決着の付け方とか、一応決めてはいるけどモチベがね…。
執筆するに当たって、都合のいいように能力改変してるわけだが。(あ、その最終結果はUPされてるのと変わらないけどね)
あ、クライネのデータは戦闘特技から変えられてるから今更文句言われても困る。…そもそも迷宮突入時の条件すら変えられてるわけだが。
魔法を避ける描写とかは…うん。形状は射撃だからってことで。勿論メイルは《魔法制御》持ちだから回避選択したら確実に当たるわけだけど。(ローカルではそういうルールを導入してるけど、起点指定のウィンドカッターのお陰で妖精魔法に歯止めはかからないという)
クライネの剣とルードの剣が、お互いが惹かれ合うかのように交わり、またお互いを拒絶するかのように反発する。
時に正確な狙いで放たれた斬撃は鮮やかに捌かれ、反撃として振り下ろされた、波打った刀身を持つ剣…フランベルジュはまた鮮やかな動きで回避される。
そこに血生臭さなど、まだ感じない。かといって艶やかさも妖しさも感じない。それは柔軟で、かつ力強い何かを秘めていた。
それは確かに戦いであった。だが、演舞劇のようでもあった。戦に向かう武士が、戦地に赴く前に踊る舞踏のようだった。
「砕いて!」
横から突然聞こえてくる、妖精の言葉。妖精魔法使用の合図だ。特定の言葉を合言葉にして、宝石を通り道にして妖精を呼び、妖精魔法は行使される。
お互いに一撃を入れられない状況が続く中、光の弾がクライネ目掛けて飛ぶ。
「《混沌弾》…、忘れてたよ!」
「迂闊だったね、クライネ!」
光の弾と同時に、ルードの斬撃がクライネを襲う。クライネは身をかがめて光の弾をかわし、降り下ろされた剣を受け止める。
その状態のまま鍔迫り合いに持ち込むことも出来る。だがクライネは敢えて捌き、後ろへ飛び退いた。
「もう一つ忘れてるよ、クライネ。《混沌弾》は消えちゃいないってことを!」
戻ってきた光の弾をギリギリで避ける。その際に左腕に掠ったようで、服の袖が焼け焦げた。
一度は避けたが、狙いを外したその弾は軌道を変え、再びクライネへと向かう。二度目に対して、クライネは避ける術が無かった。二度目を避けても、三度目が来る。三度目を避けても、四度目が来る。だったら、取る行動は一つ!
「打ち砕け!」
そっちが《混沌弾》ならこっちもそれだ。二つの光の弾が激突し、辺りに閃光を撒き散らす。その目映さに、クライネ含めその場にいた全員が動きを止めた。
押して押されて、クライネの《混沌弾》とメイルの《混沌弾》が進撃と後退を繰り返している。
しかし…。
「考えたわね、クライネ。でも、また一つ、あなた忘れてる」
そう。
メイルの魔力とクライネの魔力に、違いがありすぎるのだ。
二つの弾が作り出した均衡状態はあっという間に崩れ去り、クライネの《混沌弾》はメイルのものに吸収され、その勢いを増してクライネに突撃しようするが…。
「真、第八階位の攻。閃光、射出、破壊――気槍!」
光の弾は横から来た何かに弾かれ、地面に落ちて消えた。着弾点の草は焼け焦げ、そこから火が燃え移っていく。段々と火は森へと移り、大規模な火災になっていく。
「あっちゃー、やっちゃったわね」
「君がやったんだろ、後始末は自分でしてよ」
「わかってるわよ、バカ」
ルードはフランベルジュをクライネに振るう。クライネはそれを受け止め、練技で強化された足でルードの腹を蹴る。流石に鎧の上、しかも練技で肌まで鎧のような硬さになっていればダメージは少ない。しかし、ルードとの距離をとるだけの時間は、その蹴りは与えてくれた。
その背後で、メイルが水の妖精…ウンディーネを呼び、消火活動をしていた。
「力を貸して!」
光の妖精が現れ、クライネの体が薄い光の幕に包まれる。そして、クライネはルードとの距離を詰め始める。
剣と剣が激突を再開し、またも演舞は始まった。ただ先ほどと違うのは、クライネの攻撃が魔法を交えたものだった、ということだ。
「凍りつけっ!」
ルードの背後で、水と氷の妖精が氷の棘を作り出し、それをルードに打ち込んだ。不意を衝かれたこともあり、少々手強いものではあったが、ルードはそれを耐え切った。鎧を貫くかに思われたそれは、マナの反発によって押し戻され、地面に落ちて水へと変わる。
だが、ルードは続くクライネの斬撃を避けきることは出来ず、腕に浅い切り傷を付けられる。
反撃に剣を切り上げようとするが、その攻撃は読まれていた。振るわれる前に抑えられていたのだ。
クライネにとって、それはまたと無い好機であった。
「打ち砕け!」
複数の妖精の力を凝縮させた光の弾が、ルードの体を穿った。強い衝撃に襲われたルードの体は宙に浮き、体勢を崩して地面に叩きつけられる。
立ち上がる隙を与えず、ルードの頭に剣先を向ける。本来なら、ここで勝負が決するはずである。
一対一の戦いならば。
「打ち砕け…」
妖精たちの力が、巨大な光の弾となってクライネの頭上に現れる。やがてそれは凝縮されていき、サッカーボール大の光の弾となる。
光の弾がルード目掛けて落下を始める。
勝った。
「吹き荒れよ!」
クライネがそう思った瞬間、彼女は強風に煽られた。あまりにも突然のことに、思わず剣を取り落としてしまい、彼女自身もまた宙に浮かされる。当然、その後は地面と激突するしかない。ルードは咄嗟に地面を転がり、光の弾を回避する。着弾点から煙が出たが、火は強風によってすぐにかき消された。
「くっそお…!」
…またも失念していた。
ルードとの戦いに集中していた所為で、メイルの妖精魔法の存在を忘れていたのだ。ある意味では最も恐れるべきものなのに、最も忘れてはならない存在だったのに。
クライネは起き上がり、剣を拾う。肉体の耐久力を上げる《強靭暗示》が無かったら、おそらく体力の三割くらいは平気で持っていかれただろう。強風は同時に、かまいたちをも発生させていた。…《風の嵐》、恐らく、風の妖精の使う魔法の中でも最強の部類に入る魔法だ。
「操、第二階位の補。反発、抵抗、消滅――抗魔」
薄いマナの膜が、クライネを覆う。《反発魔法》…、死者を操ると言う点から忌避されやすい操霊魔法の中で、最も需要が高い魔法の一つ。だが、誰が…?
「私も忘れてもらっちゃ困るわね」
「レフォーナさん…」
そう。レフォーナも、この場に残っていたのだ。先ほどメイルの《混沌弾》を弾いた《光気槍》もレフォーナによるものだった。今いる位置からは大分離れているが、その顔ははっきりと確認できる。
…いつもの、戦闘時の仏頂面だった。
「忘れてなんかいないわ。ミラージュも要注意だ、って言ってたくらいだものね。レフォーナ・アルディさん?」
「へえ、そうなの。あんな魔剣でも洞察力と勘は鋭いのね」
「ミラージュは持ち主となる可能性のあるもののことは全て知っているわ」
「悪趣味な魔剣ね」
「そんな魔剣を欲しがるあなたほどでも無いと思うけど?」
「違いないわね」
「え…、ちょっと、どういうことですか…?」
そのやり取りが理解できず、思わず疑問が口に出る。しかし、今はそれどころではないということが、言った直後に理解できた。
クライネはルードの攻撃をかわし、振り向きざまに横薙ぎに剣を振るった。
斬り結びながら、二人は少しずつレフォーナとメイルから離れていく。
「後ろからだなんて、卑怯だよ!」
「忘れてないかい、これは二対二の戦いだよ」
「ああ、そういやそうだったっけ!」
付いて離れて、それを繰り返しているうちに、鍔迫り合いが起こる。しかし、今度のそれはクライネが意図して起こしたものだった。
「互いが互いの気を引いて、自分から注意を逸らした時に必殺の一撃を叩き込む。集団の戦いと言うのはそういうものだよ、覚えた方がいい!」
「こういう風に?」
クライネは《混沌弾》を撃つ。…が、その対象はルードではなく、メイルだった。
「それじゃ丸見えだし、さっきも見ただろう。跳ね返されるのが落ち…何っ!」
その瞬間。
ルードの腹に、純粋なエネルギーの塊が突き刺さる。それは彼の胴体を貫通し、森の中の何処かへと消えていった。傷口からは血が吹き出し、服と鎧が赤く染まった。
《風の声》で伝えた即席の作戦だったが、上手く行ったようだ。クライネはこの期を逃すまいと、剣に魔力を込めた一撃を放った!
クライネの魔力によって何倍にも高められた斬撃の威力は、ルードの鎧を軽々と切り裂き、その下の練技によって鎧のように強化された皮膚をも切り裂き、その下の肉を切り、辺りを血の海にする。
「ぐっ…。あの《混沌弾》はメイルの気を逸らすためだったってことかい…?」
「ああ、そうだよ。思いつきでやってみたけど、うまくいったみたいだね」
「なるほどね。…でも、俺もこれで終わりじゃないよ!」
練体士が練技を使用するときの呼吸、その独特な音が、かすかに聞こえる。ルードが練技を使用したのだろう。…だが、既に全身を強化したのではなかったのか。
「何をしている…!」
「見てればわかるよ!」
途端に、ルードの腕の筋肉が膨張する。それと同時に、彼の傷が少しずつ癒えていき、更に淡い光が彼の体を覆っていく。恐らく、メイルによって《強靭暗示》でもかけられたのだろう。その上、自己再生までしているようだった。
「…っ、まだ練技で強化できるのか…!」
「フランベルジュは俺にとっては重いから、こうでもしないと上手く振れないんだよ」
ルードの攻撃速度が、急に上昇した。さっきまでの剣の動きは、ルードよりも戦士としては弱いクライネにとっても鈍いと感じられたが、今はそうではない。
寧ろ、鋭く、素早く、的確に急所を突いてくるような攻撃だった。クライネはその攻撃を捌くので手一杯だった。
「ラックもだったけど、やっぱりあんたらズルいよ。こっちは初めから全力だって言うのにさあ!」
「奥の手は最後まで使わないのが戦いだよ、これも覚えた方がいい!」
「勝手に死んでった癖に、今度は勝手に説教か!」
「それを言われると辛いなあ…」
しょげ返る声とは裏腹に、攻撃は休むことを知らず、激しさを増していた。捌ききれなかった攻撃が、クライネの肌を傷つけ、彼女の服が少しずつ、新しい血に染まっていく。
やがて、クライネとルードは木々が無い開けた空間から外れ、森の真っ只中へと戦いの場を変えていく。ここでは遮蔽があるために、どのように相手の裏を掻くかが重要となるのだが、戦士としても斥候としても、ルードはクライネに勝っていた。
そもそもクライネには、戦士としての才能はあまり無いのかもしれない。
技の殆どはラックから教わったものに我流によるアレンジが少し加わったもの(言わば我流をさらに我流でアレンジしたもの)であるし、そのアレンジは技の出に回転を加えて威力を増す程度のものだ。
更に、今までクライネが倒してきた敵は、純粋な剣術で倒してきたわけではない。殆どの決め手は魔法である。
よって、この状況でクライネがルードに勝つ可能性は…ごく僅かであった。
依然として、素早い動きを続ける二人の戦士…親子。互いの剣が斬り結ぶ度に、そばにある木の肌が抉られていく。ばつ印、斜めに一本の傷、様々な印が木々に刻まれていく。まるで、二人の戦士の代わりに傷付いていくかのように。
(だめだ、これじゃいつかは…!)
攻撃を受け流すのに精一杯で、他のことをする余裕が無い。攻撃に移る余裕も、逃げ隠れる余裕も、無い。今のままではクライネは負ける。彼女とルードの間には、決定的な体力の違いがあったからだ。
戦士としての技量云々より、そちらの面の問題が今は大きかった。
(こうなりゃ、一か八か…!)
攻撃を受けるが先か、ルードがこちらの策に嵌るのが先か。どの道やられるだけなら、賭けに出るしかない!
「吹き荒べ!」
クライネの首元にかけられた宝石飾り、その宝石の一つが緑色の光を発し、妖精が現れる。風の妖精が両手を天に掲げた時、強風がクライネともどもルードを襲う!
強風と共にかまいたちがルードとクライネの身を裂いていき、耐え切れずにルードは風に煽られて宙を舞った。
(以外にキツイなあ。《反発魔法》が無かったら俺も飛ばされてた…)
《風の嵐》は、広範囲に渡って効果を及ぼす魔法。今のクライネには、それを制御しきる力はまだ無かった。
それ故に、本来ならば受ける必要の無い《風の嵐》の効果を受ける結果になったのだ。…だが、その魔法はルードの攻撃から身を隠すほどの時間を与えてくれた。
木陰に隠れて、クライネはルードの様子を伺った。彼は起き上がって、耳を澄ませて周囲の音を聞いているようだ。いつ見つかるか分からない。そう思いながらも、クライネはルードを倒す策を考えていた。
どうすればいい。どうすればルードを出し抜ける。
じきに見つかるだろうと言うことが、クライネを焦らせていた。
音では見つからないと思ったのか、ルードは歩き出していた。最初の方こそ見当違いの方向へと歩いていたが、忘れてはならないのが、ルードは斥候の心得もある、ということだった。
「そこにいるんだろう?」
落ちた木の葉の集まり具合と雑草の向きの僅かな差異から、ルードは既にクライネの居場所を看破していた。構えこそ解いてはいるが、今の彼に隙は無かった。そもそも、勘付かれた今の状況で飛び出しても、対して効果は無い。
クライネは頭上を見る。その木には、丁度太い枝が数本分かれていた。
そう…人が飛び乗れるくらいの、丁度良い太さを持った枝が。
「出てこないつもりかい?」
ルードの言葉には応じない。だが、クライネはそのまま飛び出す気も、ルードに負ける気も、負けたとすらまだ思ってはいなかった。
「はあっ…!」
精神を集中させて、クライネは静かに息を吸った。すると、背中に開いたハードレザーの隙間から翅が生え、彼女はそれを助けにして飛び上がった。それをルードが見逃すわけも無かった。
「何をする気だい…?」
「こうする気さ!」
クライネは傍の木に登り、枝伝いにルードとの距離を広げていく。逃げる気か、ルードはそう思いもしたが、そうではないと直ぐに気付いた。
地の利を得たのだ。
この高低差では、ルードの攻撃はクライネには届かない。その上クライネはルードに攻撃を当てた後、すぐさま木に飛び乗れば彼の攻撃をかわすことが出来る。
そもそも、木の上から魔法を撃てば、わざわざ木から飛び降りる必要すらない。状況はクライネに圧倒的に有利になった。
クライネへの攻撃手段を失ったルードに、かまいたちが襲い掛かる。軌道の見えないその攻撃を避ける術は無い。反対に威力も低くはなるが、それはじわじわとルードの体を刻んでいく。鍛えているとは言っても、ルードもエルフ。このまま行けば、かまいたちの前に倒れるのは必至。
「やるね。ならば…これはどうかな!」
ルードの口から、炎の吐息が吐かれる。だが、炎はクライネへと向くことは無かった。その行動の真意を、クライネは見抜けなかった。
「どうする気だ!」
「高低差を無くすのさ!」
周辺の木々に火が燃え移り、炎は瞬く間に燃え移っていく。周辺の空気が燃やされ、それは更に勢いを増して上昇気流すら生み出していく。
クライネの登っている木にもそれは燃え広がって、クライネの逃げ場所を次々と潰していった。
まさか、木を燃やすとは思っていなかった。
しかし考えてみれば、ここは魔剣の迷宮。ミラージュが創り出した、現実離れした場所なのだ。今ここに存在する妖精も、何処かから連れてこられたものだろう。試練が全て終わればこの妖精たちや魔物たちの役目は終わり、晴れてもといた場所へ戻れる。
それに、水の妖精たちが消火作業に当たってくれる。
…つまり、この森に遠慮などする必要も無いのだ。
地の利を失ったクライネは木から飛び降り、再びクライネとルードは剣を交わらせる。案の定、力の差からクライネは押され、ジリジリと後ずさっていく。
「咄嗟の策にしては上出来だよ。でも、甘かったね!」
「あんたが反則染みてるんだよ!」
「“凄腕の練体士”と言って欲しいね!」
「あんたには“誤魔化し野郎”がお似合いだ!」
やはり、ルードの攻撃はかわすことに専念していなければ、到底かわすことなど出来ない。こちらから攻撃する暇も、やはり与えてはくれない。加えて、体内のマナの残量が残り少ない。
ここから巻き返すのは、至難の業だった。
二人のエルフが対峙する。それは、何もルードとクライネの二人だけではなかった。
この二人、レフォーナ・アルディとメイル・フェーンハフトもまた、お互いと対峙していた。
「ルードったら、あれほどここから離れるな、なんて自分で言っていたくせに…」
そう呟くが、そこに呑気さは感じられなかった。寧ろ、剣呑な雰囲気がそこには漂っていた。
魔法使い同士の戦いの、ピリピリとした空気。いつ魔法が飛んでくるか分からない、そのことに対する恐怖と、相手を出し抜き魔法を唱えるそのタイミングを見計らう、二人の思惑が入り乱れて、この空気が形成されていた。
不意に、その緊張が破れ、二人に牙を剥こうとしていた。
「真、第十二階位の攻――」
レフォーナが魔法文字を描き出す。その動作に素早く反応し、メイルは妖精を呼び出す。紫色の光と共に、宝石から妖精が現れ、魔法の効果を生み出す。
「衝撃、裂…」
「封じよ!」
レフォーナの集中力が途切れ、それに伴って呪文の詠唱も途切れてしまう。レフォーナの周りに集められたマナが、行き場を失って拡散する。
魔法の行使は、ある程度の集中力を必要とする。そのため、呪文の詠唱を行う時には長い距離を移動することはまず出来ないし、魔法戦士のように動きの中に魔法の詠唱を交えない限りは近接攻撃など行えない。《破唱》はその集中力を途切れさせ、魔法を使用できなくさせる、闇の妖精が使う魔法だ。
「これでしばらくは魔法が使えなくなったわ。自分が戦う手段を持たない魔法使いにとって、魔法が封じられると言うことは死を意味するわ」
メイルの言葉は、魔法使いに絶望を与えるものであった。少なくとも並の魔法使いならば、対抗手段を失って成す術も無い、と嘆くところだ。
だが、レフォーナの顔は全く変化が見られない。仏頂面のままだ。
「…このまま勝負が付いてしまうのも、面白くないわね。少し話しましょう」
そう言って、メイルはレフォーナへと近付いていく。ゆっくりと、一歩一歩を踏みしめて。
レフォーナの目の前に立ち、メイルは喋り始めた。
「そうね、まずは一つ、あなたに聞きたいわ」
「…何を?」
「あなた、いったい何者なの?」
「…ただのエルフの魔法使いよ。一端のね」
「そうには思えないわ。今までのあなたを見てきて、気付いてしまったの」
「何に気付いたのかしら?」
「クライネや、あの子の仲間たちがいるところでは、あなたはあの子たちの強さに合わせた魔法しか使っていないわ。でも、一人のときはそうじゃない。その証拠に、今あなたは『十二階位』の魔法を唱えようとした」
真語魔法、および操霊魔法には、魔法の難度に応じて「階位」が設けられている。それは滅びた魔法文明時代からの名残である。真語および操霊魔法詠唱の際も、魔法文明語でその階位とその魔法の性質を示す一単語を詠唱の最初に入れるのだ。
加えて、階位は術者の真語および操霊魔法の技量を表す。つまるところは「レベル」に相当する概念なのだ。
「それがどうしたの?」
「あの子達の強さでは、恐らく『八階位』、行って『九階位』の魔法までしか使えないわ。でもあなたが今使おうとしたのは、そのレベルではないのよ。高い、低いって問題じゃないわ。何故あなたがそれを隠しているか、が問題なの」
「隠して、何か問題があるの?」
「無いわ」
「意味が分からないわね」
「じゃあ、どうして隠すの?」
「知りたい?」
「興味があるわ、とっても」
「…十階位以降は、普段は封印している穢れの力を解かなければいけないからよ」
「どうしてそうなったの?」
その問いに、レフォーナがすぐ答えることは無かった。だが、返事の代わりとしてレフォーナは両耳に付けられた耳飾を外し始めた。
「教えてあげるわ。どうせあなたはとっくの昔に死んでいるんだし」
途端に、レフォーナの体を瘴気が覆い始めた。見る見るうちに瘴気は濃くなっていき、メイルの視界からレフォーナを覆い隠すだけに留まらず、メイルの視界の全てを瘴気が埋め尽くした。
大分瘴気が薄れ、レフォーナの姿が確認できるようになってくる。
…メイルは、その姿の変化を見逃さなかった。
外見上は、レフォーナの姿は今までと大きな違いは無い。そう、今までの、美しい人族の姿だった。
…しかし、明らかに違っていた箇所が一つだけあった。
「あなた、もしかして…!」
耳。
エルフの、長く尖った耳ではない。
それは、人間の耳だった。
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