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俺はその時、自分がどうして生きていられるのか、わからなかった。
本来なら、独房の中で一生を終えるはずだった。
それが、蛮族の襲撃によって助けられた。
…そう、蛮族によって助けられた。
そのときから何かがおかしかった。神官としてあってはならないことがあった。
始祖神ライフォスとそれ以外の神、二つの神の啓示を受けたこともあった。そして、それがどういうことを指し示すのか、そのときの俺にはわからなかった。
しかしこれだけはいえる。この俺、ディスティル・ロッドは、ライフォスの神官であり、それ以外の神を信仰した覚えはない、と。
「そういうことだから、私と組まない?」
「…誰に聞いてるんだ?」
そう言って、男はクライネの視線を辿ってみたが、どうも見ているのはここにいる全員らしい。
「まあ、別に構わんが。一人だと色々アレだしな」
「そう。あんたらは?」
クライネはドワーフの少女とルーンフォークの男を見た。
…しかし、「如何にも従者」って感じの格好だな。クライネはそう思った。
『お嬢様が良いと言うのなら』
ホワイトボードにそのような文字が羅列される。
「別にいいよー。人が多いほうが楽しいじゃん?」
全員了承、と。
しかしこの軽さは一体なんだ。そう彼女は思ったが、口には出さないようにした。
思えばラック…彼の率いていた冒険者一行「モミアゲーズ」も、普段はこういうのりだったような気がする。といっても、彼女が彼らと共にいたのはもう七年も前のことになるのだから、色々な記憶が曖昧になり始めていた。
永い時を生きるエルフは、こういうことが多くある。それは人間などにはわからない、エルフ特有の苦悩だった。
「話はついたか。なら依頼の内容を説明するぞ」
マスターが依頼の内容を大雑把に説明し始める。
「とまあ、大体依頼の内容はこんなもんだ」
その依頼の内容は、要約すると「重要な荷物を乗せた馬車を港町まで護衛してほしい」
というものだった。その重要な荷物が何かは聞かされなかったが、どうやら一般人が知るべきものではないらしい。マスターにも知らされていないようだ。
「ここから港町はどれくらいかかるの?」
とドワーフの女性が言った。
「馬車の速度を考えると…まあ多く見積もって二週間ってところが妥当な線かな」
「食料はどうなんだ?」
「向こうで支給されるってよ。報酬も向こうで支払うそうだ」
クライネはその言葉が引っかかった。
「…ちょっと待って。向こうで、ってことは?」
「帰りの経費は負担しないってことだな。そういえば最近、アムエルバード連邦の方がゴタゴタしてるって話を聞いたことがあるな。ここら辺とは違って、まだ蛮族の多い土地だから、っていうのもある。ここよりはいい仕事もあるだろうよ」
マスターはヒゲを撫でる。
アムエルバード連邦。通称アム連邦は、この大陸より南方に位置する、大きな島を領土の中心とする国家連邦のことである。まだ人族が移住を始めて十余年あまりで歴史が浅く、また蛮族を駆逐しきれていない地域でもある。
それゆえ、蛮族退治のできる冒険者を重宝している、という話だった。
「まるでそのアムエルバード連邦に行け、って言う口ぶりだね」
「そうだな、そうなるのかも知れんな。港町からアム連邦行きの船が出ている。ここに戻ってくるも、アム連邦に行くのも、お前ら次第よ」
そう言って、マスターは依頼書をクライネに手渡す。
「港町の冒険者の店に渡しな。『ヒゲじじいの紹介』とでも言えば伝わるだろうよ」
「わかったよ」
クライネが外に出ようとしたとき、ナイトメアの男が呼び止めた。
「あー、所で…」
「何?」
「俺にこのまま出歩けっていうのか?」
…確かに、囚人服のまま出歩くのはよくないだろう。かといってこの男が金を持っているとも思えない。だがクライネはこの男に金を貸す気にもならなかった。というか、それほどの金を持ち合わせてもいなかった。
「…確か、私の使ってる宿にあったかな」
そう言って、彼女が持って来たのは某「モミアゲーズ」リーダーの服だった。…何故彼女が持っていたのかとか、そういう野暮なことは考えないほうがいい。娘が「父親が初恋の相手」というのと大して変わりはない。断じて、変態だとか、言ってはいけない。
「今はそれで我慢してよ。でもね、汚さないでよ、洗って返してよ、破いたりしたら許さないからね」
男は無言でその服を投げ捨てた。
その男は結局、囚人服のままで出歩くことにした。
「ひどい…なにも投げ捨てなくてもいいだろうに…」
投げ捨てられ、泥だかなんだかが付いたその服を、クライネは今にも泣き出しそうな顔で見つめていた。というかもう泣いてる。
「他人の服なんか着れるか。つーかうるせえよお前」
びーびー泣くクライネをごつく。が、泣き声はさらに大きくなった。
「すーちゃん、なんかおもしろい人たちだね」
『いいえ、お嬢様。あれらはただの変態と言う人種です』
「エルフとナイトメアじゃなくて?」
『そういう意味ではなくてですね…』
ドワーフの言葉に対し、ルーンフォークの男がホワイトボードに文字を書いて答える。端から見れば完全な独り言である。
そのやり取りを横で見ていて、マスターはため息をついた。
…若い奴ら同士で組むからこうなるんだ。もっと年の功とやらが必要なのかも知れんな。そうマスターは思った。
「あのな、横から失礼するんだが…あんたら、そろそろ自己紹介くらいしちゃ貰えんかね」
それもそうだな、とナイトメアの男は思った。
「…ほら、泣くのをやめろ馬鹿女」
しかし、泣き声はエスカレートするばかり。
マスターはため息をついた。これで三回目。どうしてこうも今日はため息ばかり出てくるのだろう。…原因は言うまでもなくこいつらだが。
「そうごつくのがいかんのよ。おいクライネ、泣くのをやめんか。誰もあんたの主を馬鹿にしてるわけじゃないだろう?」
泣き声が止んだ。…なにを隠そう、泣く子も黙るヒゲジジイとは彼のことである。あ、誰も聞いてないね、そうでした。
「やっと泣き止んだか…。俺はディスティル・ロッドだ」
「でぃ、ですてあ・おっど…?」
ドワーフの女性が言う。…名前が覚えられないらしい。流石は知力6なだけはある。ステータス的な意味で。
「…ディスティル・ロッドな」
「で、でしべる・もっど?」
「ディスティル・ロッドな」
「ですとる・のっど?」
「何で段々離れてくんだよ」
「もういいや。ディー君でいいよね」
そして。
その女は、考えるのをやめた。
「あ、あたしはオウルっていうんだよ!」
『私はシュルヴェステル・ヴェンテラ。シュルでもステルでもお好きなように』
ホワイトボードにその意の文字が綴られる。
「私はクライネ。クライネ・フェーンハフト…ぐすん」
その四人は、ようやくお互いの名前を知ることができたのだった。
この時ようやく、彼らの旅が始まる。
「折角この島まで来たのはいいけど、流石に一人だけだと何もできないわね」
ウロウ島、アムエルバード連邦…通称アム連邦の首都、クイーンズタウン。そこにある冒険者の店、象牙亭。
そこに、レフォーナ・アルディはいた。
「まあ、この島ならすぐに仲間も見つかるわよ」
マスターが言う。マスターの名前はルイーズ。複数の店が林立する中で、この店は中でも評判が垢抜けている。というのも、ひとえにマスターの気前のよさがあるからだろう。
「そうだといいけどね」
レフォーナはワインを口に含み、言った。
「くっ…。また暴れだしやがった…!」
店の外の方が、なにやら騒がしい。レフォーナは入り口の方を見るが、特に何も問題はない。
「あら、なんなのかしら?」
「ああ、さっき馬を連れた殿方がいらしてね。その人じゃない?」
「馬と戯れてるのね」
「がっ…。離れろ、死にたくなければ俺から離れろ…!」
レフォーナはワインを口に含んだ。
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知力1クレスポの魔力。
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