パーティメンバーとは絶対にくっ付かない、それが俺クオリティ。
今日の朝あたりにディー君が主役の話を思いついたのだけど、そんなことよりもっとシナリオ練れよと言いたいですよね、そうですよね!
ところで、狂戦士状態のディー君とこのドレイクだと「勝利をもたらす槍」を毎ラウンド宣言で倒せそうな気がしてならないんだけどバグ?
度重なる剣戟、度重なる金属音。
クライネの剣がホイットを切り裂かんと舞うが、ホイットは巧みにその斬撃を捌く。弾かれた反動を更に利用し、回転してもう一撃を叩き込まんとするが、巧みにかわされ、そして反撃にと言わんばかりに魔力の込められた剣が彼女の頬を掠める。
「痛っ…!」
その攻撃は確かに、頬をかすめただけだったが、それでも魔力撃だ。剣気に触れるだけでも多大なダメージを受けるのは間違いない。
さらに、ホイットの猛攻が始まる。
「ダルクレムよ、我が宿敵を打ち倒す力を!」
《聖弾》と斬撃が、立て続けにクライネを襲う。彼女は《聖弾》をかわすことは出来たが、間髪入れずに叩き込まれる斬撃を避けきることは出来なかった。
ハードレザーが少しだけ抉れるが、幸いなことに、それ以外に外傷は無い。
「やるね、ホイット…って言ったっけ!」
「我らにとってはこんなもの、まだまだ序の口に過ぎぬよ!」
「そうかい、じゃあこっちだって…打ち砕け!」
こちらも負けじと、クライネも《混沌弾》と斬撃を同時に繰り出す。右へ剣を薙ぎ、ホイットの剣と激突する。単純な鍔迫り合いでは、力の分こちらが不利。
だが。
ホイットの背中に、白色の光の球が複数突撃した。小さなうめき声を出して、ホイットはよろめく。その折に鍔迫り合いの平衡状態が解け、ホイットの腕と胸に浅い切り傷が付く。
それは、クライネが先ほど放った《混沌弾》によるものだった。
「くうっ…、自分を囮にするとはな!」
ホイットは体勢を立て直し、クライネに魔力を込めた剣を振るうが、彼女はそれを避け、反撃にと剣を振るった。
二つの剣が幾度と無く組み合い、離れ、時に魔法が飛び交い、戦いは激しさを増していく。二つの剣は、軽く早い攻撃と、重く鈍い攻撃、対照的であった。
魔法の性能だけを見れば、魔法の威力も単純な魔力も、クライネの妖精魔法の方が上。だがダークトロールの操る神聖魔法には、強力な回復能力がある。加えて、トロールは再生能力を有する。それが戦いに簡単に決着をつけなくさせていた。
クライネの与えるダメージの殆どが、すぐさま回復できてしまうのだ。
しかし、いくら回復能力が強固とは言え、流れた血は戻ってこないし、完全に機能を失った器官は戻ってこない。魔法による回復には限界があるのだ。
クライネの白い肌と、ホイットの黒い肌が、少しずつ血に染まっていく。しかし、ホイットに倒れる様子はまるで無い。今までクライネが付けた傷さえ、既に塞がっていた。
「鬱陶しいな、その能力…!」
「だが、強力な力は弱点をも多く有するものだ。何とかできないわけでもないだろう?」
「当たり前だよ、何とかしてやるさ!」
ホイットの攻撃を体勢を低くして避け、クライネは魔力を込めた剣を突き上げる。ホイットの足元から、白い閃光が顎めがけて飛ぶ。
ギリギリでそれを弾いたホイットは、剣を弾かれ、隙を作ったクライネに対して剣を振り下ろす。
「隙を見せたな、女!」
「誰が!」
剣を弾かれた反動を逆に利用し、クライネはその攻撃を避ける。そして、軽やかな動きで体勢を整え、ホイットに突きを繰り出す!
後ろからの攻撃をホイットは避けきれず、剣はわき腹を貫通する。血を大量に吹き出させながら、剣は素早く抜き取られる。襲ってくる痛みに耐え抜き、トロールは振り向きざまに剣を薙ぐ。
「うわっ!」
それはクライネの胴に命中し、血を吹き出しながら吹っ飛ぶ。…運良く、上半身と下半身はまだ繋がっていた。ハードレザーは使い物にならなくなったが。
ドサ、という音と共に、剣を取り落としたことによる金属音が連続的に鳴った。クライネは呻きながら、開かれた手を握り締める。その様を見て、ホイットは素直に感嘆の意を示した。
「今のを耐え切るとは、流石だな。さあ、起きろ。続きだ」
クライネは頭を抑えながら体を起こす。自分の腹部を見ると、大分深いところまで傷が出来ているようだ。光の妖精を呼び、その傷を癒し始める。
「っててて…、おー、生きてる生きてる」
立ち上がり、再び剣を構える。
その時だった。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…。
通路の奥から何者かの咆哮が聞こえた。
しかもそれは、クライネの良く知る声だった。
思わず構えを解き、辺りを見渡してしまう。ホイットも、構えを解いて虚空を見つめている。
「…ディー?」
「始まったか。…ということは、俺の仕事も終わりだな」
「どういうことだ?」
「さあね。だが、俺は蜃気楼の奴さんに雇われていた。まあ、報酬として強いやつと会えたって言うのは、嬉しいがな」
そう言うホイットの様子は、名残惜しそうだった。
「この戦いが仕事だっていうなら、これで終わりってこと?」
「いや、確かに仕事は終わったが…、ここからは私闘だ。俺とお前のな」
「やっぱそう来るんだね」
クライネは構え直す。今度は盾を捨て、両手で剣を構える。防御など、もはや意味を成さない。
「ただし、あんま長居は出来ないからな、これが最後だ。あと一撃で勝負を決めよう」
ホイットもまた、同じように構え直す。
「最後まで立ってたほうが勝つ、ってわけだね!」
二人は走り出す。
「行くぞ!」
「行くよ!」
クライネは体を捻り、遠心力によって威力を増した斬撃を繰り出す。ホイットは、力任せに剣を振り下ろした。
二つの剣が、それぞれの魔力を伴って重なり合う。その瞬間、通路に轟音が鳴り響く。互いの剣気が互いを攻め立て、反発し、周囲に衝撃波を撒き散らす!
「てやああああっ!」
「おおおおおおおおお!」
力ではホイットの方が上、それは既知の事実。だからこそ、クライネは体の回転を交えた斬撃で威力を補った。それによって、お互いの魔力まで含めた総合的な力では互角であった。
だがそれも、鍔迫り合いが起こる瞬間のことである。時間が経つに連れ、二本の剣は徐々にクライネの側に押されていく。どうにか押し戻そうと踏ん張るが、結果として、少しずつ後ろに下がるしかなかった。
魔力による斬撃の強化は、使用者の筋力を上げるものではない。単純に力と力の勝負となった場合、魔力の強弱による魔力撃の強さは関係ないのだ。
「お前の負けだ、女!」
ホイットにそう告げられる。後ろには通路の壁が見える。もう少しで壁に背中が付く。だが、クライネの顔には絶望や諦め、そういった感情は無い。
「それはどうかな…なんてね?」
一瞬だった。
ホイットの剣が折れ、その刀身が円を描きながら、放物線の軌道を描いて飛んでいき、床に落ちた。それまでの均衡状態から抜け出し、クライネは剣と共にその身を回転させ、同時に呼吸を整え、精神を集中させる。
「私の勝ちだ、ホイット!」
練技によって強化された脚力と腕力を生かし、回転状態からホイットを斬りつける!
武器を失ったホイットに、その剣閃を避ける術は無かった。
「強え…。やっぱ人族は、見かけによらねえなあ…」
右のわき腹から左肩にかけて、その閃光はホイットの体に深い傷を付けた。大量に血を吹き出して、ホイットは後ろ向きに倒れる。
クライネは、その様を見て、喜びとも、憂いとも取れる顔をしていた。
不思議と、ホイットを殺す気にはならなかった。
通路の端に投げ捨てられていた鞘にバスタードソードを納め、レイピアの鞘と取り替えて、持ってきていた荷物から換えのハードレザーを引っ張り出す。
「予備があってよかったあ。これで持ち運びに苦労することは無くなるなあ…って、これじゃ袋が安定しないや…」
実際、ハードレザーはかなりかさばっていた。持ち運びのためにわざわざハードレザーのサイズに合わせた袋を用意して、開いた空間に食料などを詰め込んでいたのだが、それらが支えを失って、ごちゃごちゃした状態になっていた。仕方無しに、使い物にならなくなったものを袋に入れ、中の空間に再び詰め込み始めた。
その作業が終わり、クライネは通路の奥へと進み始める。
ホイットは…放っておいても大丈夫だろう。トロールは再生能力を有しているし、見たところ気絶しただけらしいから。
「レフォーナさんももう行ったみたいだし、先を急ごう」
何か嫌な予感がする。クライネはそれを痛いほど感じていた。
トーマスは槍をモルクに突き出し、モルクはそれを剣で捌く。
「フン!」
モルクはそこから、流れるような動きでトーマスへ横薙ぎに斬りかかるが、金属音と共に剣と槍の柄がぶつかり合い、弾け飛ぶ。
モルクが自身の信仰する神に祈りを捧げると、彼の持つ武器に黒い輝きが灯る。
《聖討つ武器》、第二の剣の眷属が用いる、第一の剣の眷属が使用する《悪討つ武器》とは対極に位置する神聖魔法だ。これにより、人族に対する武器の威力、命中力が上昇するのだ。
そこから繋げるように、モルクはトーマスに向けて剣を振り上げる。
トーマスはギリギリでそれを受け止めきり、槍を突き出す。
「やりますね、ですが、まだまだこれからですよ!」
モルクは剣先に意識を集中させる。すると、刀身全体が魔力を帯びていく。それは、トーマスの皮鎧をいとも簡単に突き抜け、トーマスの身体に深い傷をつける。傷口から血が大量に吹き出し、モルクの剣は血にまみれて赤黒く染まる。
モルクは剣で空を切り、血を掃う。
トーマスはよろめき、結果としてモルクに対して隙を作ってしまう…が。
「この一撃で終わり、なんてことはないでしょう。さあ、戦いを再開しましょう」
その時だった。
奥の部屋からの咆哮が、通路に満ち溢れていく。
狂気にまみれた声、怒りと憎しみに囚われ、理性を失った声。
その声は、トーマスにとっては聞き覚えのある声だった。
「…時間ですか。仕方ないですね」
モルクは、トーマスに薬草を使い、傷を癒し始める。ラクシアでは、「救命草」と呼ばれる薬草が広く使われる。この薬草が効果を表すまでにかかる時間は十分ほどかかるので、切羽詰った状況では使える代物ではないのだが、今は別だった。
トーマスの怪我が大分直ってきた頃、モルクは通路を開けた。
その行為の意味が、トーマスには理解できなかったようで、彼はモルクに問いかけた。…どこにいくのか、と。
対するモルクの答えは、蛮族らしからぬものだった。
「どうやら試練が始まったようですし、これで私の仕事は終わりです」
モルクは、そう言って迷宮の主に語りかける。
「蜃気楼、私の仕事は終わりました。早く外に出させてくださいよ」
その後も、蜃気楼とモルクは何か話していたが、突然、会話と共にモルクの身体が消える。
…静寂の訪れたその通路を、トーマスはまた歩き始める。
オウルの尻尾が、ダークトロール二体を薙ぎ倒していく。そこにシュルヴェステルは銃弾を打ち込み、多大なダメージを与えていく。
その絶妙なコンビネーションならば、先のアリオブルグとの戦いでも決して引けを取らない勝負になったであろうが、その時は精神的に揺さぶられ、コンビとしての統制がまともにとれていなかったため、あのような結果になったのだ。
ダークトロールの一体――彼らの会話からすれば、これは「ペドロール」のほうだ――が、シュルヴェステルの一撃で倒れた頃。
その咆哮は、オウルたちにも聞こえていた。
「この声…ディー君?」
『恐らく』
「どうなってるの?」
『わからない』
もう一体のダークトロール…二次オタロールはこそこそと逃げ出そうとしていた。
…人族であり、冒険者である以上、蛮族は倒さなければならない…というのが一般的な冒険者の考えであるが。
この二人は別の理由でこのトロールたちを殲滅したいと思っていた。
当然、逃がすわけも無く…。
ズダン、グシャ、ダダン!
投げられ、踏みつけられ、更には二丁拳銃で打ち抜かれて、ダークトロール…いや変態トロール二体は全滅した。
「行こう、すーちゃん」
『少し待ってください』
通路の奥に進もうとしたオウルを、シュルヴェステルが止めた。
「どうしたの?」
『マナが尽きた』
ラクシアにおけるマナは、三本目の始まりの剣、カルディアが砕けて世界中に広まったものだとされている。魔法使いたちは、自身の体内に眠るマナを魔法力に変換し、魔法を行使するのだ。…ってこの説明今更過ぎだから!
「…ターゲット・サイトとバースト・ショットの使いすぎだよー?」
結局、マナ補充のための薬草(こちらは魔香草と呼ばれる)を使うためにこちらも時間を食うのだった。
レフォーナは、第一層でクライネがラックと闘った大部屋にいた。
「『戦士の部屋にて正しきを探せ』…、今になってこの言葉の意味が分かるなんてね」
それは、第一層の試練が始まる前に見つけた碑文。ラック、アリオブルグと激戦が続いたお陰で、クライネやディスティルたちの頭からは完全に忘れ去られているだろう。
しかし、レフォーナはそうではなかった。
今の今まで、彼女はこの言葉の意味を考えていたのだ。
「『戦士の部屋』はこの第一層の主、ラクドース・ローレイバートの構えていたこの部屋を指す」
大部屋を壁伝いに歩く。部屋がかなり広いこともあって、目的の場所にはすぐにたどり着けそうに無い。
「『正しき』は曲者だったけど、言語変換すればすぐに分かったわ。魔動機文明語に変換すればいいのよ」
魔動機文明語の「正しい」という語句は、「右」をも示す。その名残としてか、魔動機文明語がベースとなっている交易共通語の「正しい」と「右」は、語句こそ違うものの似た発音をする。
つまり、「戦士の部屋にて正しきを探せ」という碑文は、「ラクドース・ローレイバートの構えていた部屋で、入り口から見て右方を探せ」という意味になる。
そこまで分かれば、斥候ではないレフォーナにも隠し通路が発見できた。
「やっぱりね」
隠し通路の先は、こじんまりとした部屋だった。
鈍い光沢のある、白色の立方体のような部屋。その中央に台座があり、そこには鍵が合った。鍵は鏡のように光を反射している。
「わざわざこんな仕掛けを用意しているだなんて、蜃気楼の遊び好きにも困ったものだわ。でも、もうすぐあなたは私のものになるのよ…」
そうしたら、今のようなあなたの自由も無くなるでしょうね。
その声は、言葉は、当のミラージュには筒抜けだった。
通路を抜けた先は、それまでとは打って変わって、開けた場所だった。そこに、一人の男の影と、竜の戦う姿があった。
いや、それは「男」と言うよりも、「悪魔」の方が正しかった。大きく伸びた角から瘴気を吹き出し、竜を圧倒している。
「あれは…ドレイク?」
クライネはドレイクの竜形態を直接見たことは無かったが、話に聞いていた特長と符合する点がいくつか見られる。
そのドレイクを圧倒している男…その姿を、クライネは良く知っていた。…そう言うのは間違いである。正しくは、その男の元の姿を知っていた、と言うべきであろう。
「ディー…?」
ディスティル・ロッド。
クライネ・フェーンハフトや、オウル・トイペット、シュルヴェステル・ヴェンテラといった、「従者と愉快なバトルマニアーズ」のメンバーであり、リーダー格でもあった。…と言っても、シュルヴェステルが勝手にそう「言っていた」だけだのだが。
そのディスティルが、その姿を全く別のものにしていた。
「ウオオオオオオオオオオオオオ!」
悪魔は、ドレイクに拳を叩き込み続ける。その拳に込められた魔力が、ドレイクの対組織を壊滅状態へと追いやっていく。
持てる技全てを使っても、この悪魔は倒せない。そう思う。ドレイクは既に諦観の域に達していた。
(これが走馬灯と言うやつなのか…。本当にあるもんなんだな…)
一撃ごとに、ドレイクは死への階段を確実に上っていく。その果てに待っているのは、このドレイクの過去の姿…。
蛮族としても、人族としても虐げられてきた、忌むべき日々。
蛮族に認められることを望む以上、力を示すしかない。人族に認められたければ、蛮族としての証を捨てるしかない。
結局、どちらも出来ないままに崩れ去った、幼き日々。
(何も出来ないまま死んで行くのは、嫌だ…!)
しかし、もはやどうすることも出来ない。死を待つしかない。
(俺は、俺は…、まだ何も出来ちゃいないんだぞ…!)
もはや叶わぬ、夢。所詮、夢は夢なのだ。それ以上のものは無い。
希望も、何も無い。
最後の一撃。
悪魔がその一撃を放つのが見える。
ドレイクは目を瞑り、死を覚悟した。神の御使いの迎えを受ける準備も整っていた。
だが…。
恐る恐る、ドレイクは目を開ける。ゆっくりと、視界が戻っていく。部屋の光に、少しだけ目が痛くなる。まだぼんやりする世界の中で、ドレイクはある姿を見た。
それは、エルフの女だった。茶髪で癖のある髪形、体格は小柄であるが、それに不釣合いな盾と剣を持っている。群青色のマントが、魔力を纏った拳の放つ衝撃波に煽られはためいている。
その姿は、クライネ・フェーンハフト、そのものだった。
第四層「妖精の層」最深部。
ルードとメイルは、悪魔とドレイクの戦いに現れた乱入者を見つけた。
クライネ・フェーンハフト。彼らの娘である。
「あの子、何であんな無茶な真似…?」
メイルは、自分の娘の行動が理解できない様子だった。対してルードはと言うと…。
「見て分からないのかい?」
「分からないわよ、何であんな危険なことを?」
悪魔…ディスティルは生まれながらの穢れと、ドレイクにより与えられた穢れを持ち合わせている。世間一般に忌避される穢れのために、自分の危険を犯すことは、メイルにはまず考えられなかった。
加えて、今のディスティルは、例え仲間であろうと、問答無しに殺すかもしれない。そんな状況では、逃げるのがまず第一の選択肢のはず。
「好きなんだよ、あの男が」
「…はあ?」
そう言うルードの顔は、真剣そのものだった。
「こんな時に何言ってるの、あなた」
「…何も異性として好きだって言ってるわけじゃないのに…それは置いといて」
「じゃあ何だって言うのよ」
少しルードは何かを考える動作をして、口を開く。
「クライネはね、仲間を守りたいんだ。失いたくないんだよ」
「それは分かるけど、今のあの子の行動はドレイクを守ったようにしか見えな…」
そこまで言って、メイルは一つの考えに至る。
恐らく、ルードが思っていることと同じ考えに。
「このままだと、あの男は心が無くなってしまうだろう。それを止めたいんだ」
「でも、何でそれが『好き』に繋がるのよ」
「…メイル、何か勘違いをしていないかい?」
ルードの横顔と、映像に写されたクライネの横顔は、驚くほど似ていた。単に親子というだけでは似ないであろう、纏う雰囲気さえ似ていた。
「今のクライネは、女の子の顔をしていない」
「え…?」
メイルは、ルードの言葉の意味を、彼の意図をつかみ損ねた。
いや、分からないのが当然だったのだろう。
このことは、ルードやラック、そうした戦士たちにしか分からないことだったであろうから。前線を張って戦うものにしか分からないことだから。
「あれは…、あの顔は…、仲間を思う、男の顔だ」
クライネは、悪魔に対して語りかける。
「もうやめろよ、ディスティル。勝負は付いただろ!」
呼びかけ自体は、全く無駄だった。しかし、呼びかけずにはいられなかったのだろう。
(何…、だ…?)
突然の乱入自体にも驚いたが、何よりこの女が悪魔の攻撃を受け止めたのが驚きだった。
(俺はその全てを受け止めることが出来なかったというのに、この女は…)
ふと悪魔を見ると、瘴気の噴出が収まっているのがわかる。さっきまでとめどなく流れ出ていたと言うのに、急に収まった。
(どういうことだ、これは…?)
ドレイクは自分に《復活》をかける。自分の体を完全な状態に戻し、さらに体に現れている悪影響すら排除する最高位の神聖魔法によって、ドレイクの体は癒えていく。戦闘中にこの魔法を使うには治癒の速度が遅すぎるため、今まで使わなかったが、ここに来て余裕が出来た。
「ゴアアアアアア!」
悪魔は咆哮を上げ、エルフの女を投げ飛ばす。その時だった。
再び、悪魔の角や痣から瘴気が吹き出してきた。
悪魔はエルフの女へと向かい、魔力を纏った拳を振るう。女はそれをまたも受け止め、振るわれたもう一つの拳は避ける。
その時、またも瘴気は収まった。
(まさか、第一の剣の眷属たる人族が近くにいれば、《穢れの刻印》の影響が弱まるのか…?)
ドレイクにとって、それは予想外の事だった。《穢れの刻印》に関して、そんな症例は聞いたことが無い。魔法自体の性質にも、そういった要素は無いはずだ。
(元々あいつが信仰していたライフォスの力が、《穢れの刻印》を封じる方向に働いているのか…、第一の剣の眷属の力で?)
正直、分からない。分からないことだらけだ。
しかし、それは好機でもあった。
もはやマナは無い。それほどまでにドレイクは苦戦を強いられていたのだ。戦闘が始まってからの十数分は人間形態、それから十数分は竜形態でマナを使い果たした。
だが、エネルギーブレスは放てる。
今の悪魔なら、エネルギーブレスでエルフの女ともども吹き飛ばせるだろう。だが、ドレイクはそれをする気にはならなかった。
その行為が、彼の矜持とは反していたからだ。
(撃てるときに撃て、そう教えられたっけな。だが…)
ドレイクは尻尾から「勝利をもたらす槍」を放つ。その対象は…悪魔。
対象に選ばれたものを確実に貫く鏃が、悪魔の四肢を貫く。身体の防御能力の矮小さは、拳闘士にとっての宿命でもある。物理的な攻撃の殆どをその身に通してしまうことが、拳闘士の弱点に挙げられる。
つまりは、「勝利をもたらす槍」が与えるダメージの殆どが、悪魔の体に素通しになってしまうのだ。
(不完全な能力でも、お前にとっては脅威となるだろうな)
悪魔は前のめりに倒れる。クライネはドレイクを睨みつけたが、ドレイクは全く動じていない。
「両手首の筋と両足の腱を貫いた。その化け物の生命力ではまだ死なんと思うが、動きは封じたはず」
それは、クライネと言う乱入者が現れたから出来たこと。悪魔の力が抑えられたことによって、はじめて可能になった。
そうでなければ、ディスティルの力を御することも出来た。
まだまだ未熟だな。ドレイクはそう痛感したのだった。
「どうやら、お前らは俺が用意した試練を超えたようだな。…こちらとしてはここで死んでもらったほうが都合が良かったんだが、それはまあいい」
「試練を超えた?」
クライネが言った。どうにも釈然としないようであるが、無理も無い。起こった事態は彼女の理解の範疇を超えていたからだ。
しかし、今回に限っては、ドレイクにとっても、ディスティルにとっても、勿論クライネをはじめとした仲間たちにとっても、到底説明できるものではなかった。
そのままを受け入れるしかなかった。
「そうだ。そこの男は俺の支配を脱し、お前はそこの男を止めた。全滅は免れたわけだ。それが俺の試練を超えたことの証」
ドレイクは吐き捨てるように言った。彼が頭部を下に向けると、その体が縮小していく。鱗は消え去り、肌は白色を覗かせていく。しばらくもしないうちに、竜の姿は消えてなくなり、裸身の、翼と角を持った男がそこにあった。その手には十文字槍。
ドレイクは、近くに落ちていた着物を羽織り、帯を締める。篭手は装着せず、左腕で抱える。
「流石に裸じゃ帰れないしな。脱いどいて良かったぜ」
ドレイクは竜形態に変身する能力を持っているが、当然、人間形態へ戻る能力もある。その際、ドレイクの体の一部となっていた武器は戻ってくる。…ただし、一度竜形態に変化してしまうと、人間形態に戻るまでには一時間という時間が必要となる。
「おい蜃気楼、俺の仕事は終わりだ。さあ、早くここから出してくれよ」
誰もいない空間に向けて、声を発する。
「うむ、分かった。そなただけでは海を越えることは困難であろうから、出来る限りのところまでは送ってやろう」
返事など返ってこないかに思われた言葉に対しての、どこからか響いてくる返事。
言うまでもなく、この迷宮の主、ミラージュのものだった。
「俺は蛮族だぞ、神官戦士の剣が蛮族に対してそんなことしていいのかよ?」
「持ち主などには縛られぬよ」
「ふーん。変な魔剣だな、あんた」
ミラージュとそんなことを話しながら、ドレイクの姿は消えていった。
辛くもあったが、かくして、彼らは第三層「蛮勇の層」を踏破したのだった。
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