これで受難曲は終わり。
トロールのキャラがコミカルになってるのは仕様。
トロール「トロリールは正義。トロリールは世界を救う!」
漆喰の塗られた壁に覆われた通路が続く。狭いと思ったのは入り口までの話で、一度中に入ってしまえば、それなりの自由は確保できた。
そう、一対一で戦うために動き回ることくらいは、わけがなかった。
ディスティルはその通路を進んでいく。途中で何かと出会うことは無かったが、その代わり、と言わんばかりにに嫌な予感は絶えず付きまとった。
まるで、白い壁がそれによって黒く塗りつぶされていくかのようであった。
「気味が悪いぜ。こんな場所」
通路自体が、ではない。この通路に満ちた空気が、気味悪い。
早く抜けてしまおう。こんな場所にいつまで居たって仕方がない。この層を一番乗りで抜けてやろう。
ディスティル・ロッドは、そう思っていた。
他の通路も、同じような構造であった。
クライネとレフォーナは、特に問題なくその通路を進んでいたが…。
「おかしいですね」
「ええ」
クライネの意見に、レフォーナも同意を示す。
実際にマッピングしてみれば分かることだが、その通路の道は大回りな回り道をしている。
目的地の場所が分からない以上、それが正しいのかどうか確かめる術は無いが、この通路は無意味に曲がりくねった道を歩かせている。
まるで、自分たちをある場所から遠ざけようとしているかのように。
「どうやら、この通路は左右対称の構造らしいわね」
紙に何やら書き込んでいたレフォーナが言った。そこにはクライネ達が今まで通ってきた道のり、そしてオウルとシュルヴェステルが向かった道のりが描かれている。
クライネたちが通ってきた道のりはともかく、何故オウルたちが向かった道のりが描かれているのだろう。
不審に思い、クライネはレフォーナの顔を覗き見た。
虚ろな目をしていた。
「…ああ、使い魔ですね?」
使い魔。真語魔法の使い手が操る魔法生物だ。多くは動物の姿をしており、使い魔の持ち手は使い魔と視覚、聴覚を共有できる。その特性から、多くの魔術師が偵察を行うときにも使える。
恐らく、レフォーナはオウルかシュルヴェステルに自らの使い魔を持たせていたのだろう。それ故に、オウルとシュルヴェステルの通った道のりが分かったのだ。
そして、クライネ達が通った道のりとオウルたちが通った道のりは…。
「例えば、こうすると左右の通路がぴたりと一致するのよ」
言いながら、レフォーナは分岐の部屋の中央を境に、紙を折り曲げる。すると、クライネ達が進んできた道と、オウル達が進んでいる道が完全に重なった。
つまり、ある場所を境に線対称の構造になっている、ということだった。
「しかも、今判明している道だけ見ても、この層がどんな構造をしているか分かるわ」
クライネ達が進んでいるのは、不必要に曲がりくねった通路。
だが、ディスティルやトーマスが進んでいる通路は、構造上の必然として、確実に直線になる。だとしたら、通路を抜けた先が、下の層へと続く大部屋へ繋がっているはず。
てきぱきとした作業で、レフォーナは紙に何かを書き込んでいく。そうして出来上がるのは、半円から伸びる六本の線と、それらが収束する一つの部屋。
「この地図の左右をくっ付ければ…」
「…これって、翼?」
それは、まぎれもなく翼だった。竜の一族が持つ、彼らの誇りと象徴だった。
それこそが、「蛮勇の層」の試練を如実に表していた。
トーマスは、その通路を進んでいた。
道は一直線。特に罠らしい罠も無い。だが。
その道を塞ぐ、悪鬼が一体、そこにいた。…いや、「悪鬼」という呼び名は、彼らにとって全く相応しくない。
強きを求める武人。
それこそ、彼らトロールに最も相応しい呼び名であった。
「あ、トロールさんこんにちわ」
「え、あ、はあ。こんにちわ、迷宮の客人」
大した緊張感も持たず、トーマスはトロールにと挨拶を交わす。
「言っておきますが、私はダークトロールです。つまりはトロールの中でもエリートなのですよ。そこらの野良トロールとは同じにしないでいただきたいですな」
「サーセンwwwwwwwwwwww」
「…まあいいでしょう。私はダークトロールのモルク。迷宮の客人に試練を与えるのが私の役目。さあ、行きますよ、客人」
「私と戦うつもりか!」
モルクとトーマスは、互いの武器をぶつけ合った。この狭い通路内では、馬が動き回ることはできない。加えて、槍はあまり振り回せない。
トーマスの不利は、確定的だった。
その同時刻。
クライネとレフォーナ、オウルとシュルヴェステルも、それぞれダークトロールと対峙していた。
クライネとレフォーナの眼前には、同じような容姿をしたダークトロールが二体いた。…恐らく、双子だろう。
「我が名はダークトロールのホイット!」
「そしてゲーステ!」
「エルフは基本的にひ弱そうだが、人族は見かけによらんと言うからな」
「蛮族だって見かけによらないぜ、兄貴」
「そうだな。まったく、我が弟ながらかわいいやつだ」
「そんなに褒めたって何にも出ないぜ、兄貴」
「いや、そんなつもりではなかった。隙あらばお前に引導を渡してやろうと思ってただけだ」
「引導を渡すのはこっちのほうだぜ、兄貴。今日こそあんたに勝ってやる」
「だが!」
「それも!」
「貴様らをぶちのめした後でだ!」
「…あんたら漫才しに来たの?」
オウルとシュルヴェステルの眼前にも、ダークトロールが二体。
「おい、そこのロリコンタキシード。そのドワーフっ娘譲ってくれないか?」
トロールの第一声は、それだった。
無論、それを聞いたシュルヴェステルは、それまで張り巡らせていた緊張がほぐれ、さらにやる気を激減させた…が、ある意味でそのトロールはシュルヴェステルの怒りを買ったかもしれない。
「な、ななな何をい、言っているんだ。あ、あああの娘はボ、ボ、ボクが先にめ、目を付けたんだからよ、横取りはだめだよ!」
「うるさい、そこの変態。お前なんかペドロールだ、ペドロール」
「き、君だって同じじゃないか、この二次オタロール!」
「人形を愛でて何が悪い。少なくとも現実と虚構の区別くらいついとるわ。ペドロールとは違ってな!」
「それが、い、一番危ないって、ま、ママ言ってたんだぞ、性犯罪トロール予備軍!」
「何だと、ペドロールなんか一回俺の近所のカワイ子ちゃん(通称トロリール)を襲って穢れ一点追加の刑に処せられたくせに!」
「ち、違うよ、ボクはトロリールちゃんとあ、遊んでただ、だけだよ!」
「黙れ変態トロール、ペドロール!」
「違うよ、変態トロールじゃないよ。仮に変態トロールだったとしても、変態トロールという名の紳士トロールだよ!」
「ペドロールは否定しないのか!」
『お嬢様、どう思います?』
「…あの蛮族たち怖い」
ディスティル・ロッドは、その通路を抜け、開けた空間へと出た。
相変わらずの漆喰の壁。そして白を貴重として、赤が所々に並ぶタイル。…だが、赤のタイルの並びは違っていた。
それは、剣だった。
”戦神”ダルクレムのシンボルである、剣。
不意に、ディスティルは床の一点に影が生じているのを見つける。そして、その上を見上げると…。
「へえ、意外とすぐに見つけたんだな。流石は『二つの神の声を聞くナイトメアの神官』だ」
そこにいたのは、皮膜の翼と角を持った、優美な男の姿だった。
着物を、右の袖を通さずに着ている。右腕には竜の鱗で作られたように思える籠手が、手の甲から肩にかけてを覆っていた。着物の袖で分かりにくかったが、左腕にも籠手が装備されている。
右手には十文字の槍が握られており、全体的な服装は、ドレイクには似つかわしくないほど質素であった。
ドレイクは、ゆっくりと地面に足を付ける。右足を最初に、そして左足。
そして、ディスティルのほうを向く。
「さて、自己紹介でもしようか…と言いたいところだがね。生憎、今は俺の名前を告げるべきじゃない。そこで、だ」
十文字槍を地面に突き刺し、ドレイクは紋章を描き始める。
「操、第八階位の幻。妖夢、乖離、誘惑――幻想」
辺り一帯が…いや、部屋全体が、幻影に包まれる。分かっていても、それをとめることは、魔法の行使者以外、出来ない。
そこに映し出されたものは、二年前。オウルやシュルヴェステル、クライネと出会った町だった。
「まずは俺が何者なのか、から教えよう。勿論、名前は抜きだ」
ゆっくりと、ドレイクが告げる。
「俺はドレイク。爵位は伯爵だ」
聞いて、ディスティルは驚愕した。…ドレイクの伯爵位と言ったら、現在、存在が確認されているドレイクの中でも最強の部類に入るからだ。
勿論、それはドレイクの中だけの話ではない。蛮族の中でも、その強さはトップクラスである。
そのような相手では、ディスティル一人では勝てっこない。いや、ディスティルたちが全員揃っていても、一掃されるのが落ちだ。
「残念だが、期待しているほど強くはないぜ、運良く伯爵級になれたってだけだからな」
ドレイクは肩をすくめる。
「さて、ここから昔語りだ。よおく聞いておけよ、この先のお前の運命を左右するものだからな」
そうして、ドレイクは語り始める。
それは、ディスティル・ロッドの幽閉されている牢屋が蛮族の襲撃にあったことから始まった。
ドレイクの話によると、その襲撃はこのドレイクの手によって起こされた、人為的なものだったらしい。「神託」があり、それに従ったまで、とも、あるものを探していた、とも、蛮族内でもその襲撃の目的は噂になっていたらしい。
噂に対するドレイクの答えは、「イエス」だった。
寧ろ、どちらも当たっていた。
細かいことは言わないが、ディスティル・ロッドそのものを探し、監獄を襲ったのだ。そしてそれは、「神託」によるものだった。
「そこで俺は、『神託』により預けられた使命を遂行した」
「何だ、その使命ってのは…?」
予想はついていた。だが、信じたくはなかった。…しかし、つくづくそう言った心情を、事実は揺さぶってくるのだ。
それも、かなり執拗に。
「もうお前も分かっているはずだろう。穢れの痣が形を変えたこと、お前が命の危機に瀕したとき、その痣がお前に力を与えたことを」
予想通りの言葉。
アリオブルグに追い詰められたときに発現したあの力。あれは、目の前にいるドレイクがもたらしたものだったのだ。
「本来の俺の使命は、お前を俺の仲間に引き入れることだったが、あの頃のライフォス一筋のお前を引き入れるのは骨が折れる、そう思った」
だからこそ、ドレイクは 《穢れの刻印》を使った。
《穢れの刻印》。
それは、その刻印を与えられし者に、狂戦士の力を与える遺失呪文。この刻印が与えられたものは軽度の穢れを負い、本来ならば刻印を与えたものに絶対服従する魔法。
これを使い、ディスティルを蛮族に引き入れようとしたのだ。
…話によれば、《穢れの刻印》はその者の穢れを増幅させるらしく、放っておけばどんどん穢れが溜まり、最終的にはアンデッドになるという。
それを阻止したければ、どうすべきか…。
ドレイクの仲間になる他無い。
「《穢れの刻印》を受けたお前は、そのまま狂戦士にはならなかった。アンデッドにも、何にもな。お前は、今までの状態を維持していた」
恐らくは、ルミエルに属するライフォスと、イグニスに属するダルクレムの力が、反発しているのだろう。
そう考えたドレイクは、とりあえずディスティルを泳がせることにした。
「本来ならば《穢れの刻印》なんか使わずにお前を説得したかったんだけどな。こればかりは仕方ないさ。…と、昔話は終わりだ」
ドレイクがそう告げると、幻想に映し出されていた二年前のディスティルの姿が消える。残ったのは、ドレイクとディスティル・ロッドのみ。
「さて、ここからが本題だ」
ドレイクは一息ついて、その言葉を切り出した。
「俺たちと一緒に来い。そうすればお前の刻印は消え、お前は晴れて普通のナイトメアに戻れる」
それは、勧誘だった。
ドレイクは、二年前に果たせなかったことをしようとしているのだ。ディスティルを仲間に引き入れようとしているのだ。
「何言ってやがる…!」
ディスティルには、苦々しくそう言い放つことしか出来なかった。
「お前も、ナイトメアとして生まれ、差別を受けてきたのだろう?」
ドレイクの話し振りに、ディスティルは何も言うことが出来なかった。
ナイトメアたるもの、どこへ言ったって差別は受ける。冒険者になっても、それは変わらなかった。
「苦しい思いも、痛い思いもしたはずだ。少なからず、人族に対する恨みすらお前は持っているはずだ」
「……」
「だが、俺ならお前たちを救ってやれる。お前たちが安心して暮らせる国を、俺なら作ってやれる。だから共に行こう、ディスティル・ロッド」
並大抵の人族なら、これで落とされる者が多いのだろう。だが、ディスティルは落とされるほうか、それともしがみつくほうかと言われれば…。
そして、それを一番知っているのは、彼自身だった。
「ふざけるんじゃねえぞ、てめえ」
ディスティルはドレイクの顔に魔力を込めた一撃を叩き込む。
ドォン、と大きい音を立てて、その拳はドレイクの左頬に命中する。その際生じた衝撃波が後ろの空間に逃げていった。
「俺の居場所は俺が作る。てめーが何しようと勝手だが、俺の邪魔だけは絶対させねえ!」
そう言って、ディスティルはドレイクの様子を伺う。伯爵級のドレイクだ、そこまですぐには倒せるわけが無いだろう。
だから、もう一発殴る。
大きな音を立てて、それはドレイクの右頬に命中する。両頬を殴られたことによって、今まで戦ってきた相手なら倒れないはずが無かった。
だが、このドレイクは違った。
全く怯んでいないのだ。さらに言うならば、足を一歩たりとも動かしていない。
「…そうか。出来れば自主的に来てもらいたかったのだけどな…」
「何…?」
本能的に危ないと感知したのか、ディスティルはドレイクと距離をとる。だが、肝心のドレイクに何かをする気配は無い。
「いずれか三つのうち、一つだけ選べ」
そう言って、ドレイクは指を三本立てる。
ドレイクは、ディスティルに対して、三つの選択肢を提示する。それは、勧誘を断られた際の返答として用意していたものだった。
一つ。自分が自分でなくなる恐怖。
一つ。自分の居場所がなくなる恐怖。
一つ。どちらも失う恐怖。
それらの選択肢には、逃げ道など無かった。何故なら、今の彼では伯爵級のドレイクには勝てないからだ。
「…自分が、自分で無くなる恐怖」
「それを選ぶか。ならば、お前はもう、人族としては生きていけなくなるぞ」
ドレイクが右手で紋章を描くと、ディスティルの痣が、強く赤く発光した。
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