これで本当に終わり。
後半巻きが入ったけど、一応俺がやりたかったことは全てやった。
まあお陰でとんでもなく酷い部分もあるっちゃあるんだが、元々のセッションログのほうが痛いのでなんとも。
アム連邦へ行き来できる船が出る港町。そこの港に彼らはいた。
ディスティル、クライネ、オウル、シュルヴェステル、トーマス。彼らはそれぞれの道を行く。そう決めていた。
別れを惜しむ気持ちもあるが、それ以上に希望もあった。
今生の別れになるわけではない。だが、会おうとしなければ、二度と会うことは無い。そのことは彼らがよく知っていた。
それでも彼らは…別れを拒むことはしない。
「ここでお別れだな」
相変わらずの飄々とした態度で、ディスティルが言った。その言葉は確かに軽々しくはあったが、それ以上に感慨深いものもあった。
「俺は…そうだな、フェイダン地方を経由してリーゼン地方に行こうと思う。あそこも色々大変だって聞くからな。金になる仕事が舞い込んでくるかも知れねえ」
ディスティルは簡単に自分の予定を伝えた。どうせすぐに別れるから、知っても意味が無い…そうは思っても、言いたかった。
「なら、リーゼンまでは一緒に行かせてもらうよ。私はザルツ地方にまず行きたいからね。そこから東の方へずーっと行きたいなって思ってる」
そう言ったのは、クライネ。
ディスティルは小さく舌を鳴らしたが、よくよく考えてみれば、彼一人では機先を制することは出来ない。
ならば、同行するのが得策かのように思えた。
本来ならばアイヤールで斥候を探すつもりだったが…これは仕方ない。
そんなこともあって、彼はそれに渋々同意した。
「あたしはまずあたしん家に行きたいなー」
『私もお嬢様がそう言うなら』
オウルとシュルヴェステルはそう口々に言う。
「で、トーマスは?」
「三分間待ってくれ」
「考えてないのかよ」
「…時間だ、答えを聞こう」
「バルス!」
「あああ…、目が、目がああぁぁぁ…」
「何ボケに付き合ってんだよ」
潮風が海の匂いを運ぶかのように、時間は過ぎていった。風と時間の流れと共に、彼らをつなぐ「パーティ」としての糸も、途切れていった。
だが、完全にそれが途切れたわけでは…決して無かった。
そして時は流れ…。
オウルとシュルヴェステルは、オウルが生まれ育った集落に赴いた。そこに彼らは数日間滞在した。その中で、集落の外れに造った芸術家の墓を訪れた。
「随分、久しぶりだね」
誰かの返答が帰ってくるわけでもないのに、オウルはそう語りかけた。しゃがみ込んだその背中は、シュルヴェステルの目にはことさらに小さく映った。
近くで摘んできた花を供えて、オウルは立ち上がる。そして、辺りを見渡す。小高い丘の上に造られたその墓の周りには、放射状に付いた六枚の赤い花弁を持つ花…彼岸花が咲き誇っていた。
心地好い風が、優しく吹いた。
しばらくの間、オウルとシュルヴェステルはそこに佇んでいた。
何をするでもないが、何もしないわけではない。
ただ墓を見つめるオウルの目は、涙に潤んではいなかった。
「じゃあ、そろそろ行くね」
オウルはその身を翻した。
「もういいのですか?」
今まで一言も発さなかったシュルヴェステルは、オウルに声をかけた。
オウル・トイペットは頷いた。
「いつまでも、立ち止まってられないもん」
そして、彼女らは集落を後にした。
その数ヵ月後に、彼らは凄腕のトレジャーハンターとして名を馳せることとなる。
トーマス・ベントは実家に帰り、冒険者として稼いだ資金と経験を基にベントカンパニーを立て直しにかかった。
物件始末屋との長い戦いが、ここに始まるのである。
だが、それはまた別の話。
「俺たちの戦いはこれからだ!」
クライネは、テラスティア大陸の東側にある、とある町にいた。
山吹色、桃色、真紅。赤中心の色合いが映える中、その腰には片手でも両手でも扱える剣、バスタードソードがあり、右手で杖代わりにして持ち歩いているのは…薙刀だった。
この薙刀は、彼女が蜃気楼の迷宮に挑む前に注文していたものだ。この刃の大きさは、もはや槍と言うより薙刀だった。これは元々クライネ自身が使う目的で注文したものだが、完成する前に蜃気楼を手にしてしまったがために、使い道を失ってしまったのだ。
かと言ってこれを売ってしまうのは少し勿体無い気がするので、そのまま持ち歩いている。お陰で剣の一振りだけならまだ隠しようのあるものが、全く隠せなくなってしまったのであまり街を歩けなくなっていたのが現状だ。
もういっそのこと誰かに譲ってしまおうか。
そんなことも考えていた。
街道で、とある男とすれ違う。
一瞬だけ見えたその顔は、彼女の記憶に間違いが無ければ…。
男もそのことに気付いたようだった。彼女らは立ち止まり、お互いを睨み合った。そのうち彼女らは表情を和らげ、笑いをこぼした。
「お前はあの時のエルフか。久しぶりだな」
「随分姿が変わったね、あんたは」
男は浴衣をラフに着こなしており、露出した肩や顔は髪の色とは対照的に白い。頭にはバンダナが巻かれている。
その不自然な出で立ちから察するに…ナイトメア。だが…。
「どっちかってーと、これが本当の姿なんだけどね。っと、あの男はどうした?」
「別れた男に興味は無いよ。あんたもそうなんでしょ?」
おどけた調子で言う。それは彼女なりの冗談だった。
「まあ、未練なんて残しても無駄だしな」
肩をすくめて、男が言った。
不意に、クライネを見る男の顔が真剣そのもの、といったものになる。
それは警告か、それとも…。
「東に行くつもりか?」
「そうだよ。何か文句でもあるの?」
「いや…。でもな、これだけは言っておく。面白いものが見られるぜ」
「何?」
「お前に“女神”の声が聞ければ、教えてやるよ」
そう言って、男は去って行った。
クライネはさっきまで男がいた空間を、黙って見つめていた。
…面白いもの。
上等だ、見に行ってやろうじゃないか。
危険に自ら飛び込んでいくのが冒険者だ。何を相手にしたって、不足は無い。
いつの間にか、クライネは走り出していた。
連なる山々、マグマが噴き出す地面と、それが凝り固まって出来た岩石のお陰で、元の地形は判別出来ないほどにそれらは降り積もっていた。空を見上げれば、黒い煙とその隙間に見える青い空、そして白い雲。それらが醜いコントラストを演出している。地面は黒と焦げた茶色の岩石、そして赤い光をぼんやりと放つマグマが奇妙な光景を作り上げている。
その中を、ディスティル・ロッドは歩いていた。
「ったく、何て熱気だよ…」
思わずそう漏らしてしまうほどに、そこの熱気は凄まじかった。持ってきたタオルがビショビショになるくらいには汗を流している。用意した水は既に温水になっていたが、何も飲まないよりはマシだった。
大分長い時間を歩いて、彼の目の前に現れたのは、一際大きなドラゴン。比べれば、ディスティルなど米粒のように思える。
「よく来たな、人族よ。よもや本当に一人で来るとは思わなかったぞ」
そのドラゴンは、ディスティルに語りかけた。流暢な交易共通語だ。
赤い鱗はよく磨かれた鏡のように美しく、鋭い光沢を持っていた。そこかしこから放たれるぼんやりとした赤い光が反射して、鱗の赤さを更に際立たせている。それは見るもの全てを魅了するかの如き妖艶さをかもし出していて、ディスティルはその鱗一枚でも剥ぎ取ったらかなり高値で取引できるだろうなと思った。
…ディスティルはデュボール王国に赴き、既にパーティを組んでいた。だが、今回の依頼は一人で来なければ話をしないというので、仕方なくディスティルが単身乗り込んだのだ。
「クライアントの要求には答えないとな?」
「ふん、我が竜族を依頼人と申すか」
ドラゴンは小さく火を吹いた。
「変わりゃしないだろ。さて、何の用だ、わざわざ冒険者を頼るくらいなのだから、それ相応の理由があるんだろ?」
「それなのだがな…」
ドラゴンは「依頼」の内容を話し出す。内容をかいつまんで説明すれば、「最近になってドレイクが暴れまわっているらしい。我々が下手に動けば盟約に引っかかるかも知れないが、冒険者によって倒されたのならば話は別なので、我々の代わりにドレイクをしょっぴいてくれ」というのだ。
ディスティルはそれを承諾した。報酬に鱗数枚を要求したが、それは残念ながら却下された(代わりにドラゴンが持っている財宝のうち好きなもの一つを貰えることになったのだが)。
冒険者の店に戻った彼は、依頼の内容をパーティメンバーに話し、その翌朝から彼らは仕事を始めた。
(俺は…ここにいるんだ。ここで、居場所を作るんだ…!)
朝焼けに彼らの姿が消えていくのを、とある少年は見つめていた。バンダナを巻いた拳闘士をただ見つめていた。
それは、その眼は、彼への憧れに満ちた眼だった。
十数年後…。
とある場所、とある時間。
そこに、エルフの少女がいた。
物心ついたときから緑色を好み、魔術について高い適正と才能を示し、勉学に関しても高い才能を持つ、金髪の少女。
もし、幼い頃の彼女を知るものがいたら…。
しかし、そんなものはもうどこにもいない。時の流れの果てに消えていったのだから。
「すごい、また満点よ!」
そう言った教師の感嘆する声とともに返されてきた、赤丸ばかり付けられた一枚の紙に見向きもせず、彼女はそれをカバンにしまう。
もはや当然のような出来事に、彼女を含めそこの人々は何も反応しない。
それが普通になってしまったのだから、仕方が無い。
「あいつ、《転生》でもしたんじゃねーの?」
そう不機嫌そうに呟くのは、いつも彼女をいじめようとして返り討ちに遭う少年。最初の頃はそんな疑念は無かったのだが、このところその疑念はかなり大きく育っていた。
「転生って何?」
周りの子供たちは一斉にそう言う。
「え、ああっと…《転生》っていうのはだな…」
《転生》。高位の神官が使える、死人の魂を強制的に転生させる奇跡のことだ。これを使えば、魂が神の御許に赴くその過程を省略することができる。さらに生前…つまり前世の記憶を一定年齢で取り戻し、生前持っていた技能は全て使用できるようになる。また、高位の神官が用いるほど記憶を取り戻す年齢は小さくなり、満五歳になった時点で記憶と技能を取り戻した例もある。
その転生をした結果が、この少女だというのだ。だが、周りの人族は誰も信じていなかった。
「はい、じゃあテストの返却が終わったところで、大ニュースがあります」
教室がざわつき始める。教師はそのざわめきを制してから、
「マギテック協会の偉い人が、ここにお見えになります!」
告げた。
ざわめきは最高潮に達する。全く調子を抑えない声の交わす会話の嵐、その中で一人だけ、その少女は俯いたまま一言も喋らなかった。
そんな彼女を、教師は呼んだ。
言われるがままについていき、教師に引き合わされた人物は…。
「ほう、この子が例の」
「ええ」
「どれ…」
老け顔の男は少女と目線を合わせて、じっと彼女の目を見つめた。
「…澄んだ良い目をしておる。お嬢さん、名前はなんと言う?」
緑の衣装を好んで着る、魔術と勉学に秀でた少女…。
そんな彼女の名は…。
「レフォーナです」
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