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私はリーダー…ラクドース・ローレイバートに仕える身でありながら、彼に色々な事を教わり、そして…彼に救われたことは幾度と無くあった。
それだけならまだ良かった。だが、私は最後まで彼に守られていたのだ。父が…顔も覚えていない、私の父が、生前に放った言葉…、「主の命を守るのが、従者の役目」…。私はその役目を果たせなかった。
…母よ、私は何故、自らの忠義に順ずることが出来ないのですか。私は何故、あの人を守れなかったのですか。
私は何故、もう一人の親さえも、亡くしてしまったのですか。
…答えなどとうに分かっている。しかし、それで納得のいかない心はいつまでも私の身体を離れようとはせず、ただ暗い暗い闇の底で息づいている。
そして、その心を埋め尽くすのは…悔恨と苦悩だった。
お父さん、お母さん…。ラック…。
皆私の誇りであると同時に、私の心に根深く打ち込まれた杭であった。
ある日の昼下がり。剣の稽古は今日は休みだ。
冒険者の店、「さすらいのおヒゲ亭」。この町を拠点に活動する冒険者たちの集う場所。
そこに、クライネとリーダーはいた。他のメンバー…魔術師と拳士は仕事だそうだ。今回の以来は軽いものなので、二人だけで十分、ということだった。
クライネとリーダー、二人は丸いテーブルに向かい合って座っていた。
「そういえばさ、主さん?」
「何だ、クライネ」
主さん、とはリーダーのことである。クライネは彼のことをそう呼んでいたのだ。以前は「ラクドース」と呼び捨てにしていたのだが、彼に「一応は俺の従者なんだから呼び捨てはやめろ」とでも言われたのだそうだ。そこで出てきたのが、「主さん」だった。
「あんた、前に言ってたよな。親父も母さんも、あんたと一緒に冒険者やってたって」
その言葉を聞いて、リーダーは少し顔を曇らせた。
「…ああ」
「出来ればさ、教えてほしいんだ。親父や母さんが、どんな人だったのかさ」
「…どうしてそんなことを?」
リーダーの表情は気にせず、クライネはただ好奇心に駆られ身を乗り出している。
「気になるんだよお。なあなあ、いいだろ。少しだけでもいいからさ」
「はいはい、わかったよ。わかったから顔近づけるな。テーブルに乗るな。危ないぞ」
クライネは今、テーブルに身を乗り出し、膝から下を椅子に乗せている格好だ。もし、その格好で椅子が後ろにずれたり、手を滑らせでもしたら…。
「…にゃあ!?」
…椅子とテーブルの間にずり落ちる。その過程でテーブルに頭とあごをぶつけ、椅子を空中に放り出し、テーブルをひっくり返し、挙げ句の果てに放り出した椅子が背中に落下していく。因みに今の声は、クライネが「やったあ!」と言おうとして手を滑らせ、舌をかんだ末に出した声だ。
「痛っててて…」
「おいおい、大丈夫かお前…」
リーダーがクライネを助け起こす。
クライネのこのドジは、先天的なものではない。もし普通の子供として、エルフに育てられたのなら、ここまで荒い口調にも、がさつにもならず、今みたいにドジを踏むことも少なかっただろう。エルフの身体に似合わない生き方が。彼女には染み付いていた。その身体と生き方の差異が、本人の意図しない結果を招いている、と言っていいだろう。
「全く、どうしてお前はそんな狙ってるとしか思えないボケ方をするんだ。…とにかく、どこか痛いところはないか?」
「うるさいっ…。どこも痛くなんか、痛くなんか…!」
「…涙目で言うなよ。あんな転びかたしたら普通痛いだろ。ほら、打った所見せてみろ…腫れてるな。でもこれくらいならすぐ直るだろ…ん」
粗方応急処置が終わったとき、リーダーは気付いた。いつも手袋をしていなかったクライネが、今日は手袋をしている。
「お前、それどうした」
「…なんのことだよ」
リーダーはクライネの手を指差した。
「なんでまたそんなものを。しかもブカブカじゃないか」
「これは…その…」
クライネはリーダーから目をそらす。その仕草で、リーダーは大体のことを悟った。
「…言いたくないんなら良いよ。俺は深くは聞かないから」
そう言って、リーダーはクライネの頭を撫でる。
「…クライネ、お前の両親はな、かなり強かったんだぞ」
打った箇所の痛みが収まってきた頃、リーダーは言った。
「どれくらい?」
「そりゃあもう、お前の母さんは妖精使いとしての腕なら、右に出るものはいないだろうな。父さんのほうはな、立派な剣士だったんだ。今でも思い出すよ、あの二人と一緒に旅してた頃をさ…」
深い森の中、二人のエルフがいた。メイル・フェーンハフトとティノルード・ムロリース。
空も見えず、夜には完全な暗闇となってしまうこの森で、彼らは巨大な魔物に追われていたのだ。
やっとの思いで洞窟の中へと駆け込んだが、そこにも魔物がいた。そうして彼らは囲まれたのだ。
少量の魔物なら、彼らにとってはものの数にも入らないのだが、いかんせん数が多すぎた。そして、二人は魔物に殺される。そう思ったが。
次の瞬間には、二人に襲い掛かった魔物は真っ二つに斬られていた。
すかさず彼らも、魔物に対して反撃を開始する。
全ての魔物を滅ぼしたあと、彼らは一人の男と出会う。
その後彼らの主となる、ラクドース・ローレイバートに。
その森を出てからというもの、彼らは様々な街を渡り歩き、ドワーフの拳士と人間の魔術師に出会う。
いずれ、彼らはメイル・フェーンハフトが身ごもったことを知る。
ここまではいま語った通りである。しかし、これではクライネ・フェーンハフトの父親が分からない、という事態になるだろう。だが断言しよう。クライネ・フェーンハフトの父親はティノルード・ムロリースである。というのも、彼らはラック…リーダーと出会う前から契りを交わした仲だったからだ。異種族、それも既婚者に手を出す輩など、その一行にはいなかった。
メイルが身ごもった以上、彼らは旅を続けるわけにはいかなかった。近くにあった町を拠点に置いて、そこで仕事をすることになった。
そこから先は、前に語った通りである。
「あの時のあいつは、正直言ってかっこよかったよ。輝いてた。だけど、その後あいつは…」
「……」
「…ごめんな、嫌な話聞かせたみたいだ」
「いや、いいよ。大丈夫。俺だって嫌なこと思い出させたみたいだからさ…。少し疲れたよ。外の空気吸ってくる」
そう言って、店を出て行く。
その姿をまじまじと見つめ、ラックは呟いた。
「…一番辛いのは、お前だろうに。クライネ…」
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少女くらいねかわいす。
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